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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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謝罪

「で、どうなの?自分の呪いを喰らった感想は。跳ね返(はねかえ)って戻ってきたんでしょ、あんたのところに」


「そう。びっくりしちゃったよ。跳ね返されたことなんてなかったからさ」


 城山はシャツのボタンをふたつ外し、美穂に肌を(さら)した。胸全体が焼け(ただ)れたように変色し、中央にこぶし大の穴が空いていた。


「うっ、キモ。大丈夫?なにそれ、やばくない?」


 シャツのボタンを戻しながら、城山が笑う。


(ひど)いことするね。普通の人間なら死んでるよ、これ」


仕掛(しか)けてきたのはあんたのほうでしょ。人を殺そうとしといて、よく言うわよ」


「なるほど。確かにぼくが悪かった。謝るよ。きみを舐めていたようだね。約束する。もうしない」


 降参するように、城山が両手を挙げてみせる。


「だからさ、教えてほしいんだよ。どうしてただの虫けらにすぎないきみが、ぼくの術を破れたんだい?」


「知り合いにこの手のことに詳しいやつがいるの。寺住まいの先輩」


 口からの出まかせだ。甘王のことを話すつもりはない。


「へぇ、先輩。その人お坊さんなの?」


「教えない。ねぇ、もうやめませんか?警察に相談しても無駄なんだろうから、わたし、社長のこと誰にも言いません。だからその、あなたもわたしを呪ったりしないで放っておいてくれないかな」


「なるほど。これでおあいこってことだね。きみは頭がいい。でも、それじゃぼくの気持ちが収まらない」


 城山はジャケットの内ポケットから小切手帳を取り出すと、美穂に手渡した。


「迷惑を掛けたようだから、ボーナスを送るよ。口留(くちど)めも兼ねてね」


 手渡された小切手帳には、何も記載されていなかった。


「何も書いてありません。面白い冗談ですね」


「謝罪の証だからね。額はきみが決めていい」


 城山がペンを差し出す。


「いいんですか?一億円とか書いちゃいますよ」


「構わないよ。意外に安く済みそうなんで、ちょっと安心した」


「100億。100億にします」


「いいけど、税金とか大変だよ。贈与税って高いから、いい税理士を雇わないとね」


「どうせ不渡りですよね。わかってるんだから」


「信用ないなぁ。別に現金で渡してもいいんだけど、持って帰るの大変だよ。紙幣って、ああ見えて嵩張(かさば)るし重いからね」


 小切手帳をテーブルに置くと、美穂は城山が差し出すペンに手を伸ばした。


「本気で書きますよ。100億円。税金引かれても、半分くらいは残るんでしょう?」


「だといいね。いずれにせよ、明日からきみはセレブの仲間入りだ。おめでとう」


 思わず笑みが(こぼ)れた。そしてその瞬間、美穂は紫に輝く城山の瞳を正面から見つめてしまった。全身が痺れ、意識が朦朧(もうろう)とする。この感覚は以前、エレベーターの中で城山と二人きりになったときに経験していた。


「掛かった」


 満足そうな城山の呟きが聞こえた。朦朧とする意識の中で見た城山は、爬虫類を思わせる異様な姿に変化していた。


「酒に酔わなくても欲には(あらが)えない。人間とは本当に愚かな生き物だ」


 耳元まで裂けた城山の唇から、青く長い舌が見え隠れする。定まらない意識の中で、この人は蛇なんだ。蛇が人の皮を被っているんだと美穂は理解した。人間でないなら、人も虫けらも同様に見えるというのも頷ける。


「では解剖を始めよう。きみの言葉を借りるなら、まどろっこしいことは抜きにして、きみの知ってることを洗いざらい吐いて貰う。その後で、きみは屋上から地上に向けてダイブする。屋上の鍵は開けておいたから、安心して飛び降りるといい」


 爬虫類じみた城山の顔に、人の顔をしているときの笑顔とは比べ物にならないほど醜怪(しゅうかい)で邪悪な笑みが広がる。


「飛び降りた瞬間に術を解いてやるよ。激突するまでの僅かな間だが、死の恐怖を存分に味わえるようにね」


 美穂の手からペンが落ちて、音も無く床に敷いた絨毯の中に消えて行く。焦点の定まらない目を城山に向け、美穂は力なく両手をテーブルの上に落とした。


「チャオがいなくてよかった。お前のこのザマを見たら、喰わせろと騒ぐだろうからな」


 呟きながらも、城山の青い舌は絶え間なく動いている。美穂を食い殺したいと思っているのはほかならぬ城山自身なのだろう。


「さて、話してもらおう。なぜ、お前は生きている?だれの力を借りて、どうやってわたしの術を防いだのだ?」


 口蓋の作りが変化したせいなのか、城山の声はひどく聞き取りづらかった。それでも城山の質問は理解できたし、それに答えることは容易なことのように感じた。


「どうした?答えろよ。昼休みが終わってしまうぞ」


 荒布(あらぬの)をこすり合わせたような声で、城山が美穂を急かす。


「わたしを助けてくれたのは・・・・・」


 甘王隆。そう答えるのは簡単なことだ。だが美穂は答える代わりにテーブルの上のグラスを掴み、中に入った焼酎を城山の顔にぶちまけた。


「ぐっ」


 不意を突かれた城山は、美穂の放った焼酎をまともに顔に浴びて目を閉じた。美穂の全身に広がっていた痺れが消え、身体が自由を取り戻す。立ち上がるとめまいがしたが、意識は鮮明だった。袖で両目を拭っている城山の脇をすり抜け、美穂は出口へ向かって走り出した。


「セクハラで訴えてやる。キモオタ変態トカゲ星人!」


 言い捨ててドアノブに手を伸ばした。部屋の外に出てしまえばこちらの勝ちだ。声を限りに絶叫して、周囲の注意を引けばいい。


 ドアノブに手を掛けた瞬間、強烈な息苦しさを覚えた。背後から首を絞められたのだと思い、美穂は首を圧迫する城山の手に爪を立てようとしたが、首を絞めているはずの城山の手はどこにも存在しなかった。振り返ると、3メートルは離れているソファの前で城山が美穂に向かって右手を(かざ)し、首を掴むように掌を握りしめている。


 遠のきそうになる意識を保ちながら、美穂はドアノブに手を伸ばした。ドアを開けて外にさえ出れば、誰かの目に留まるはずだ。


 城山の喉が鳴り、ぐつぐつと湯が煮えたぎるような音を立てる。金髪の蛇男が声を立てて笑っているのだと知り、美穂の全身に鳥肌が広がる。

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