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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
73/202

深碧

今ここから、人類の終焉(しゅうえん)が始まる。今の魔力を以ってすれば、東京の住民の半分は消滅させられるだろう。そしてその数多(あまた)(しかばね)から、最強の眷属(けんぞく)、サラマンダーが生まれる。五千万もの人間の屍から生まれるサラマンダーの数は、魔王本人ですら想定できない。(おぼただ)しい数の火竜が日本全土を陥落(かんらく)させるのに3日、ながくても半月ほどだろう。


「未来永劫、永遠の庇護か」


 そんな約束を、甘王隆の母と妹と結んだような気がした。だが、人間との約束など守る必要はない。約束とは、対等の関係に()いてのみ成立する契約だ。人間が犬や猫との約束を反故(ほご)にしたところでペナルティーがないのと同様、人間との約束など、一方的に破棄したところで何の問題もない。


 いや、違う。


 確かに人間との約束などに意味は無い。だがイ・モウトゥに対し、魔王の名において永遠の庇護を約束すると宣言していた。それは人との約束などではない。自分自身に課した誓約(せいやく)だ。




 美穂に憑依した状態で、その誓約を守り続けることができるのか自問した。答えはNOだ。自分に嘘は吐けない。圧倒的な魔力を取り戻した今、人間に対する憐憫(れんびん)の情など欠片(かけら)たりとも存在しない。おそらく数分後には、オ・カァサンとイ・モウトゥの顔すら判別できなくなってしまうだろう。極大攻撃魔法の最初の一撃で、ここからさほど離れていない甘王家は消滅し、自宅で隆の帰りを待っているはずの二人は命を落とすことになる。


「ベルゼ・フォンズ・アリウス・キョナ・ベラ・ゼンドゥ・コモナ」


 呪文詠唱を開始すると、上空の雨雲が渦を巻き、引き寄せられるように下降し始めた。雷光を(はら)んだ暗雲の下部から漏斗雲(ろうとうん)が姿を現し、巨大な触手のようにアスファルトを舐めていく。暴風が吹き荒れ、美穂の体を中心に砂煙が渦を巻く。


 左手を天に(かざ)し、意識を集中した。体を取り巻く黒い旋風から放電が迸り、掲げた左掌をコバルトブルーに染めていく。蓄積する圧倒的なエネルギーが巻き起こす振動は、可聴域(かちょういき)を超えた重低音に変換されて大地を震わせた。


「我は恐怖の王にしてとこしえの闇。古より久遠(くおん)に至る至極の存在。我が名において命じる」


 天に翳した左掌を甘王隆に向けて叫んだ。


「レフェクティオ!」


 (みどり)の閃光が走り、美穂と甘王を取り囲む黒い砂煙に亀裂が生まれた。強大なエネルギー波が立ち昇り、天を突き抜け空一面を深碧(しんぺき)に染め上げていく。


 穴を穿(うが)たれた暗雲から、一条の光芒(こうぼう)が差し込み、アスファルトの上に伏せている甘王隆の体を照らし出す。甘王の全身が深碧の輝きに覆われ、体表にできた無数の擦過傷が汚れを拭ったように消えていく。甘王の陥没した頭蓋がたちどころに修復され、砕けた骨と共に抜け落ちた頭髪までもが再生していた。


 甘王が薄く目を開いた。瞳孔が焦点を結び、魔王と化した美穂の姿を捉える。


「立て」


 美穂の声で魔王が命じる。甘王は立ち上がり、同じ高さにある美穂の目を見つめた。強大な回復魔法の効果なのか、甘王の肉体は無駄なぜい肉が削げ落ちたスリムなフォルムに変化していた。


「おかしな話じゃが、こうして直接顔を合わせるのは初めてじゃな。甘王隆」


 美穂の視線に耐え兼ねたように甘王が顔を背ける。


「目を逸らすな。ワシはお主だったのだ。自分自身から目を背けてどうする」


 僅かな逡巡(しゅんじゅん)の後、甘王は美穂に視線を合わせた。


「死から逃れたようじゃな、甘王。で、この先お前はどう生きる?」


 甘王が再び視線を逸らす。長い沈黙の後、甘王は真直ぐに美穂を見つめ、声を上げた。


「母さんとあかねを、守る。」


「守る?貴様が?人として生を受けながら、それを放棄した貴様が、今更母と妹を守るだと?笑わせおる」


 魔王と甘王だけが知っている事実があった。魔王が甘王に憑依したあの日、甘王隆は服毒自殺を図っていた。


 転生した日の朝食の後、トイレで吐き出した胃の内容物には、多数の錠剤が含まれていた。隆の部屋の机の抽斗(ひきだし)からは、隆がアングラサイトで購入したらしい睡眠導入剤が山のように見つかった。

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