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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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走馬灯

 明治通り沿いの歩道を、駅に向かって歩き出した。とんだ骨折り損だったが、美味いアイスクリームを(おご)って貰ったと考えれば幾分気も晴れる。


 交差点で信号待ちをしていると、何かが思考の隅を(かす)めた。ほんの一瞬だが、それはとても重要なことに思えた。信号は青に変わっていたが、甘王は振り返り、美穂と別れた路地を見た。何かを見落としているような気がして、甘王は路地へと再度足を向けた。


 歩く速度を上げ、甘王は路地の先に美穂の姿を探し求めた。大小の雑居ビルが創り出す横道は無数にあり、そのどこにも美穂の姿は見えなかった。


 大きな交差点の先に、美穂の後姿が見えた。歩く速度を速め、小走りになりながら美穂を追った。全身から汗が吹き出し、胸郭(きょうかく)を締め付けるほどに息が荒くなっていく。走るために必要な筋肉が不足している左右の足は、速度を上げるたびに(もつ)れて転倒しそうになる。


 交差点を渡り切った美穂は、足を止め、スマホの画面を見つめていた。点滅する横断歩道に辿り着いた途端、信号は赤に変わり、甘王と美穂の間を無数の車が通り過ぎていく。叫んで呼び止めようとしたが、走り過ぎて声が出なかった。このまま美穂が動かないことを願った瞬間、美穂の姿は通りの向こうに消えていった。


「どうした?なぜ、あの女を追う?」


 息を切らせながら甘王隆に問いかけたが、返事は無かった。魔王が知らず、甘王隆が知っている何かが、この先にある。


 青に変わった横断歩道を、ばたばたと走り抜ける。交差点を渡りきると、美穂が消えた先へと視線を向けた。ありがたいことに、ほんの数メートル先に美穂は立っていた。安堵(あんど)のあまり大きく息を吐いた。両手を膝に置いて崩れそうな両足を何とか支える。


「お、小山さん」


 途切れ途切れになる息を整え、美穂を呼んだ。だが美穂は動かない。硬直したように歩道に立ち尽くし、幹線道路(かんせんどうろ)の先を一心に見つめていた。


 美穂の視線の先に目を向けた魔王は信じられない物を見た。多数の車が行き交う幹線道路の中央を、電車が走っていた。


「路面電車」


 甘王の声が告げる意味など魔王には理解できなかった。道路の中央を走る電車があるなどということを、魔王は想像だにしていなかった。


「なぜ電車が車道を走っている?」


 甘王隆に問いかけたが、返事は無かった。だが甘王隆は、この車道を電車が走行する可能性を知っていた。知識として知っていたのか、過去に利用したことがあるのかは分からないが、路面電車の存在を思い起こし、美穂の危険を察知したのだろう。


 ぜいぜいと喉を鳴らす呼吸を押さえつけ、甘王は美穂に向かって右手を伸ばした。甘王の指先が美穂の左手首に触れた瞬間、美穂は前方の赤信号を無視して車道に飛び出した。走行中の車が次々にブレーキを踏みクラクションを鳴らすが、気にも留めず美穂は路面電車に向かって駆けていく。甘王も一拍遅れで美穂の背中を追うが、すでに息が上がっている甘王の体は思うように走れなかった。


 走行する路面電車は、突進する美穂の体を(はじ)き飛ばし死に至らしめるに充分な質量と速度を有している。一度は美穂を助けることを放棄した甘王隆だが、眼前で美穂が死んでいくことを許容(きょよう)することはできないらしい。美穂の生死などどうでもいいはずの魔王ですら、ここで美穂に死なれては面白くない。


 美穂と甘王の間には依然として数メートルの距離がある。突進してくる路面電車と美穂の距離は狭まっていく。どうあがいても間に合いそうにはない。


「クロノベーレ!」


 美穂の背を追いながら声を限りに叫んだが、何も起こらなかった。美穂は立ち止まり、突進してくる車両に向けて抱擁(ほうよう)を求めるように両腕を突き出している。だが肉体とは裏腹に、美穂の表情は恐怖に歪み、その体は絶望に打ち震えていた。


 クロノベーレを再現できない今、警笛を鳴響かせ、美穂にとって致命的な速度を保ちながら接近する路面電車を止める術は完全に無くなった。


「止まれ甘王。主も死ぬぞ」


 もう美穂は助からない。これ以上美穂に近づけば、甘王隆も美穂と共に路面電車に弾き飛ばされる。


 魔王の意思に反し、甘王隆は止まらなかった。止まらないどころか、美穂に向けて更に加速した。急激な負荷に耐えかかねた膝や足首が悲鳴を上げ、焼けつきそうな肺は胸を掻きむしりたくなるほどの痛みを訴えってくるが、全身を駆け巡り出したアドレナリンが痛みを和らげはじめ、時間の経過を緩慢(かんまん)にしていく。死を前にした甘王隆の走馬灯なのか、魔王に馴染(なじ)みのない映像ばかりが脳裏を(よぎ)っては消えていった。

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