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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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死刑宣告

 ふたり分のアイスクリームを平らげると、美穂に(うなが)されて席を立った。


 池袋の地下街を抜け、大塚駅に向けて進んだ。迷宮のような池袋の地下街を、美穂は迷うことなく足早に歩いていく。


 地下街を抜け、明治通り沿いを北に進んだ。死の恐怖は影を潜めているようだが、それでも美穂は池袋駅から出ると安心したようで、歩くペースもいくらか緩んでいる。明治通りを走るトラックに飛び込もうとはしないことから、やはり美穂は電車に飛び込むよう暗示を掛けられているのだろう。だとすればこのまま、美穂は無事に自宅にたどり着けるはずだ。


 無言のまま20分ほど歩き続けたころ、不意に美穂が立ち止まり、甘王に向けてぎこちない笑みを見せた。


「ここまででいいわ。送ってくれてありがとう」


「どういうことですか?」


「だから、もうついて来ないでってこと」


「それは構わないんですけど、まだお金返して貰ってませんよ。それとも、今ここで返せるんですか?」


 美穂は苛立(いらだ)たし気な表情を浮かべ、大袈裟(おおげさ)にため息を吐いた。


「考えたんだけれど、きみ、借用書とか持ってる?わたしの記憶だと、あのお金って、きみから貰ったはずなんだけど」


「さっきと言ってることが違いますね」


「さっきは気が動顛(どうてん)してたから。それにきみが、呪いがどうのってわたしを脅かすから、つい」


 喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れるということわざがある。助けてもらっておきながら、美穂は僅かな時間でその恩を忘れ、すべて無かったことにしようとしている。そして美穂自身は、今ここで甘王に金を諦めさせることが甘王に対するせめてもの慈悲だと信じ込んでいる。なぜなら、この先には美穂の仲間が甘王を待ち受けていて、手荒な方法で甘王を黙らせるつもりでいるからだ。


「だいたいさ、きみなんでそんなに太ってるの?」


 甘王から視線を()らしたまま、美穂が吐き捨てるように呟いた。


「前からキモかったんだよね。ダメなのわたし。あんたみたいな奴、生理的に無理なの」


 胸の奥を(きり)でつかれるような痛みが走った。美穂が何を言っているのかさっぱりわからなかったが、魔王の中に生きている甘王隆にとっては身を切られるように辛い言葉なのかもしれない。


「なるほど。宿主殿(しゅくしゅどの)は主に()れておったのかよ」

 

 魔王には人間の恋愛感情は理解できない。魔王にとって、人間などオスもメスも大差がないからだ。オ・カァサンとイ・モウトゥを除けば、人間の顔の区別もつかない。猿山に群れる猿の顔がみな同じに見えるのと同じ理屈だ。


「どうするな、甘王隆。ここまで言わたのだから、この女のことは(あきら)めたらどうじゃ」


 口調も言葉遣いも変化したが、気づきもせずに美穂は甘王を罵倒(ばとう)し続ける。


「バイトで金貯めて、妹をいい大学に入れてやるんだって、何それ?昭和の親父かよ。そんな奴がわたしと釣り合うと本気で思った?頭おかしいんじゃない?」


 感情が(たかぶ)っているのか、美穂の瞳から次々に涙が零れ落ちる。いつまでも終わらない罵倒の声を聞き流しながら、この女はいったい誰を責めているのだろうと疑問に思い始めた。目の前にいる甘王隆を罵っているのだろうが、零れ落ちる涙を拭いもせずに喚き散らす美穂の姿は、自分自身を(さいな)んでいるようにも見えた。


「わかりました。もういいです。お金のことは諦めます」


 甘王の口をついて出た言葉は、美穂にとっての死刑宣告に等しい。魔王の中に存在する、甘王隆が美穂を見捨てたのだ。

 

「思い出したんです。小山さんの言う通り、あのお金は、ぼくが小山さんに差し上げたんですよね。忘れてました」


「そうよ。そうに決まってる。ほんと、バカじゃない?」


 甘王と美穂が立っているのは、大通りから一本外れた路地だった。雑居ビルがひしめくその一角は、昼過ぎでも人通りが少ない。おそらくこの先に、美穂の仲間が待機している。仲間と合流すれば、甘王は暴力を振るわれ、金を奪われるかもしれない。だからこそ美穂は、この場で甘王を突き放し、ことを終わらせようとしているのだろう。


「もう二度とあんたを見たくない。わかった?二度と現れないで」


 嫌いな相手であるはずなのに、甘王を見つめる美穂の涙は止まらない。何が美穂の感情を揺さぶり続けているのか、魔王には見当もつかなかない。それでも胸の奥は痛み続ける。物理的な攻撃を受けたわけでもないのに痛みを感じるのは不可解だった。人間とはそういうものなのか、甘王隆が特別なのか、魔王には判断がつかなかった。


 引き上げ(どき)だった。数日のうちにテレビかネットのニュースで美穂の死を知ることになるのだろう。あるいは、数多の情報の海の中に埋もれ、若いOLの自殺など話題にすらならないのかもしれない。いずれにせよ、美穂が望むように、甘王が美穂と出会うことは、この先永遠になさそうだ。


 涙を流しながら甘王を(にら)みつづける美穂に背を向けて、甘王は大通りに向けて歩き出した。駅で魔王が感じた強烈な不快感は無く、ただ疲れていた。魔王である自分が疲れなど感じるはずがないと言い聞かせてみたが、全身が妙に重苦しく、うまく呼吸ができなかった。5万は惜しいが、回収を放棄したのは他でもない甘王隆本人なのだ。これを機会に、甘王隆には二度と魔王の行動に干渉(かんしょう)させない。どうしても干渉してくるなら、オ・カァサンとイ・モウトゥも処分して、甘王隆の精神を完全に崩壊(ほうかい)させなければならないが、さすがにそれは気が引ける。

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