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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
67/202

愉悦

「わかった。お金を返すね。でもね、今ちょっと持ち合わせがないの。だから」


「キャッシュカードも持ってませんか?まだ手数料が掛かる時間でもないから、ATMでお金をおろしたらどうです?」


「キャッシュカードも無いの。でもうちに帰れば、すぐに返せるから、甘王くん、すまないけれど家まで送ってくれない?」


 自宅まで送って貰えば安心だと考えているのだろう。確かに自宅に帰り着ければ、部屋から出ない限り今日一日は生き延びることができる。


「おうち、どこにあるんですか?」


「大塚駅からちょっといったところ。ここからなら歩いて30分くらいかな」


 30分くらいなら仕方がない。タクシーに乗りたいと言ったところで、現金の持ち合わせが少ないと言っているのだから支払いはしないだろう。


「わかりました。行きましょう」


 魔王の返答に、美穂が笑みを浮かべた。


「その前に、ちょっと仕事のメールするね。すぐに済むから、アイス食べて待ってて」


 注文したアイスクリームが出来上がったらしく、店員がオーダー後に手渡された番号札の番号を店員が読み上げている。アイスクリームを受け取るために、魔王は席を立った。


 呪文のような名前のアイスクリームを受け取り、席に戻ると、美穂はスマホの画面を眺めながらフリック入力を続けていた。


 テーブルにアイスクリームを置くと、魔王は美穂の向いに座り、スマホ入力に夢中になっている美穂を眺めた。


「ごめん。もう少しだから」


 スマホから目を離さず美穂が弁解する。魔王の位置からはスマホの画面は見えないが、画面に触れる美穂の指の動きは見て取れた。


 魔王は頭の中でスマホのキーボードレイアウトを再生した。ひらがな表記のキーボードの場合、中心がひらがなの「な」になるはずだ。そこから指の動きを観察すると、文字を見なくても何を入力しているかおおよその見当がつく。美穂の指先を視界の端に捉えながら、魔王は美穂が送信いている文の内容を解読していった。


 歩いていくから30分くらい?ただのブタくんだから大丈夫。ヨロ。 


 美穂が送信した内容はおおよそこんなところだった。美穂は甘王隆から借りた金を踏み倒そうとしている。以前と同じように、彼氏か男友達を呼び出し、自宅近くに待機させ、美穂と共にやって来る甘王に脅しをかけるつもりなのだろう。


 魔王の口元に笑みが浮かんだ。これこそが人間なのだ。助けてもらったことなど瞬時(しゅんじ)に忘れ、己に都合よく事実を改変したうえで、他人を(だま)(おとしい)れ、それを恥とすら思わない。万物の霊長などとのたまっていても、一皮()けばその性根はどんな獣よりも醜く(けが)れている。人間の浅ましい姿を垣間見せられると、暗い愉悦に浸って笑みが零れてしまう癖が魔王にはある。


「ここまでコケにされてもこの女を救いたいのか、隆よ」


 駅からここまで、意識の表層に現れない甘王隆に問いかけたが、答えは返ってこない。甘王隆は完全に沈黙している。


「なに?」


 魔王の呟き声に、美穂が反応した。小声だったから聞き取れてはいないはずだ。


「いえ、ちょっと独り言を。5年ほどニートしてたもんで」


 美穂の口元に(さげず)むような笑みが浮かぶ。駅での出来事は一時の気の迷いだったのだと結論付けたのだろう。


 美穂がチョイスしたチョコレートアイスは驚くほど美味かった。


「うまいな、これ」


 魔王が食べたことのあるアイスといえば、甘王家から遠くない場所にあるドラッグストアで一箱200円くらいで売っている既製品(きせいひん)の徳用パックだった。甘くなめらかな口溶けが気に入り、安物のアイスを絶賛したところ、(あわ)れむような眼をしたイ・モウトゥがこの店を教えてくれた。


「よかったらこれも食べて」


 美穂が自分のアイスクリームを魔王に差し出してくる。


「今、わたしダイエット中だから。遠慮しないで」


 無言のまま、美穂のアイスを引き寄せ、スプーンですくって口に放り込んだ。美穂の注文したアイスも飛び抜けて美味かった。



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