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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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殺意

改札を抜け、駅の西口へと移動した。


「目を開けよ」


 西口公園のベンチ座らせると、魔王は女に目を開くよう命じた。夏の強烈な日差しの中で目を開いた女は眩しさに顔をしかめ、両手で顔を覆い動かなくなった。何度もホームの床を転がったせいで、スーツは裂け、身体のいたるところに擦り傷ができていた。顔を覆ったまま、女の肩が激しく震え出し、やがて女の口から嗚咽(おえつ)が漏れだした。何が起こっているかすら理解できぬまま、困惑と恐怖に打ちのめされた女のすすり泣きは、いつまでも終わらなかった。


「いつまで泣いておるのだ、愚か者が」


 吐き捨てるように呟くと、女の髪を掴み、顔を引き上げた。泣きぬれた女の目を正面から覗き込むと、女の顔に新たな怯えが走った。


「ぶたないで。お父さん、お願い」


 反射的に口を吐いて出た女の声は、幼い少女の口調だった。混乱が女の意識を幼児退行させているのかもしれない。


「誰がお父さんじゃ、馬鹿者。敵はお前のその弱さにつけこんで術を掛けておるのだ。気をしっかり持て」


 頬を張ってやりたいところだが、場所が悪い。泣きじゃくる女の側に(たたず)む太った男という絵面は、否応なしに目を引くようで、通行人の視線が痛いほどに突き刺さる。貸した金を回収するには、女を落ち着かせ、場所を変える必要がある。


「アイス食べるか?」


面倒くさくなって、半ばやけくそに声を掛けると、女が小さく頷いた。


「食べる」


「マジか。食べるんかい」


 遮るもののない公園のベンチに女を座らせていたせいで、二人とも汗まみれだった。


「じゃあ行くとしよう。言っておくが割り勘じゃからな。消費税まできっちり割り勘じゃ。よいな?」


 二度ほど頷くと、女はようやくベンチから立ち上がった。気の強い女のように見えたが、内面は驚くほど(もろ)く幼い。


 西口交差点を渡った先に、イ・モウトゥから教えて貰ったアイスクリーム屋があるはずだ。冷やし麺は後日また行くことにし、今日はアイスを食べて帰ることにしようと決め、魔王は女の手を握りながら歩き出した。




 店は空いていた。アイスクリーム専門店ではあるが、価格帯が若干高いせいで、人気に陰りがあるのだとイ・モウトゥは言っていた。


 ベースとなるアイスクリームを選び、好みのトッピングを混ぜ合わせるスタイルだった。


「ストロベリーショートケーキワンダー、バナナ、クラッシュマンゴートッピング、チョココーデワッフル、ツーモアサイズで」


 涙声で女が注文する。(はた)で聞くと高度な魔法の呪文詠唱に聞こえる。女の注文を完璧に復唱した店員が魔王に顔を向ける。


「えっと、チョコベースの」


 慌ててショウケースのサンプルに目を向けるが、何をどう注文していいか皆目見当がつかない。どうやら初心者殺しの店らしい。


「ダークチョコレートアンサンブル、ホイップとベリートッピングのツーモアサイズ、ノーマルワッフルで」


 迷う魔王を後目に、女が勝手に注文する。


「チョコレート好きなら絶対満足する。信じて」


 女に言われ、渋々頷いた。これで美味(おい)しくなかったら、代金は貸した金に上乗せして回収する。


 店の奥にある椅子に腰かけ、注文したアイスクリームができるあがるのを待つ。代金は女が一括して支払ってくれたが、後で請求されるのか、助けた礼にごちそうしてくれるのかは不明だった。金を支払うときを除き、女は公園からここまで、頑なに魔王の右手を握り続けている。振りほどこうとしたが、女は魔王の手を離そうとはしなかった。


「アマオウ、甘王くんだよね」


 握りしめた手を引き寄せ、女が顔を寄せて来る。


「わたしのこと、憶えてる?」


 初対面なのだから知るわけが無い。甘王隆本人は知っているのだろうが、今、意識の表層にいるのは魔王だ。


「知らぬ。だからといって名乗る必要もない。貸した5万を返せ。ワシの望みはそれだけよ」


「もちろん返すよ。でもその前に、さっき、呪いっていってたよね。わたし、誰かに呪われてるの?」


「致死性の呪いを掛けられているようだのう。おそらく電車に飛び込んで死ねとでも言われたのだろう。気の毒だが、生きておうちには帰れぬな」


「いつどこで、誰が何のためにわたしのこと呪ったの?」


「知らぬよ。金を借りて5年も返さぬ輩など呪われて当然じゃろう。お主を呪う者は多そうじゃ」


「あなたがわたしを呪ってるの?」


 勘違いにもほどがある。呪いを掛けて殺そうと企む者が、身を(てい)して殺す相手を(かば)うわけがない。それはすぐに女も察したらしく、ごめんなさいとテーブルの向うで頭を下げる。


「きみがわたしのことを知らないというのなら、改めて自己紹介するわ。わたし、小山美穂(おやまみほ)っていうの。きみより二つ上で、きみとは、わたしが大学生の頃、ハンバーガーショップで一緒にバイトしてた」


「そして借りた金を踏み倒した」


「そうね。返さなかった。返せなかったというのが本当かな」


 美穂の両手が魔王の右手を包み込む。恐怖のあまり握りしめていた先程とは異なり、微妙に力の加減を変えて魔王の手を握ってくる。


「あのとき、わたし、きみに言ったよね。助けてほしいって。うちの母が入院して、急にお金が入用になって、でも誰も助けてくれなくって。その時にきみだけが、わたしを助けてくれた」


 それで甘王隆はなけなしの金をこの女に渡したのだ。以前、オ・カァサンやイ・モウトゥから断片的に得た情報では、隆はこの女に惚れこんで金を渡したことになっていた。だが今の美穂の話からすると、事実は違うようだ。この女は、家族思いな隆の、最も脆い部分に付け込んで金を騙し取ったのだ。


 殺すか。


 魔王の胸の内に純然たる殺意が沸き起こる。それは意外な衝動だった。魔王にとって人間など、虫けら以下の存在にしか過ぎない。腕に留まったやぶ蚊を叩き潰すのに大した理由がないように、未だかつて人間に対して殺意を感じたことなど一度も無かった。だが、この女はに対しては、心の底から嫌悪を感じる。


 魔王が就活の為、オ・カァサンから金を借りて買った格安のスーツとは違い、美穂が身に(まと)っているスーツは素材からして異なる一級品だ。アイスクリームを買う際に取り出した財布も、最低でも数万円はする高級ブランドのものだった。金を借りたことを本当に感謝しているのなら、美穂は金が入った時点ですぐ返済に現れるべきで、それをしない時点で美穂の真意は割れている。


 美穂の両手が、魔王の右手を胸元へと導く。魔王を隆と信じて疑わない美穂からすれば、異性に縁の無さそうな隆なら、この程度の色仕掛けで簡単に落とせるとでも思っているのだろう。


「あのとき、すぐにでもお金を返そうと思ったんだけど、きみ、あの後すぐにバイト辞めちゃったでしょう?わたしも、母の看病や大学が忙しくなっちゃって。ずっと悪いと思ってたんだけど」


 時間の経過と共に、美穂の中で駅での出来事は曖昧(あいまい)になってきている。電車に近づきさえしなければ、自死の呪いは発動せず、美穂は普段通りの生活を送れるのだ。恐怖が薄れた今、隆を誑かして過去の借金を帳消しにしてしまうつもりでいる。


「いい機会じゃないですか。貸し借りを失くして、二度と会わない。お互いの為にも、それが一番です」


 腹立ちを気取られぬように、バイトモードの甘王隆の言葉で返した。


 自死の呪いを掛けられている美穂はどうせ助かりはしない。通常の攻撃魔法とは異なり、一度発動した呪術を解除するのは不可能に近い。呪った相手、呪いが作動する仕組みや条件を解明し、その条件をひとつひとつ解除していかなければ、呪いを解くことはできない。美穂は、いつどこで、誰に呪いを掛けられたかも判らないと言っていた。甘王隆が美穂を助けたいと願ったところで、魔力が安定しない現状では救いようがないのだ。金を回収した後、美穂を見捨てる。それが最善だった。

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