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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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時間停止

 すべての風景がモノクロームに染まった。停止した時間の中では、光の反射さえ動きを止めているせいで色の識別はできない。白と黒の二色で構成された音の無いモノクロ写真の中のような世界で、魔王は電車に飛び込んだ女に向かって駆けた。 


 停止した世界で、魔王は線路上で宙に浮いたまま停止している女の右手首を掴み、強引にホームへと引き戻した。空気抵抗すら存在しないのか、女の体は軽く、僅かに力を込めただけでホームへと引き戻すことができた。


 魔法の効果が無くなった瞬間、女の体には慣性による強力な力が作用するはずだ。その被害を最小限に抑えるため、女を安全な場所に移動させなければならない。


 息を吸い込もうとしたが、魔王の肺には何も流れ込んで来なかった。息苦しさに(あえ)ぎながらも、魔王は女の体をホームのベンチに横たえた。女の見開かれた瞳には、自殺者の姿に驚いて大口を開けた運転手の顔が映り込んだままだ。


 術が発動したのはうれしい誤算だったが、術を解くことができるのかは分からなかった。このまま呼吸できずに窒息死してしまえば、自分の体は永遠に時の停止したこの世界に取り残されてしまうかもしれない。時間よ動けとでも叫べばいいのだろうが、空気の振動すら許さない空間の中では、声帯を震わせて発声することすらできなかった。




 魔王の懸念(けねん)をよそに、世界は不意に動きを取り戻した。眩いほどの色彩が辺りを包み、数多(あまた)の音が洪水のように魔王の耳朶を打った。枯渇(こかつ)した肺の中に流れ込んできた大量の空気は、貪るように血中に酸素を送り込み、魔王のこめかみに鈍い痛みと眩暈(めまい)をもたらした。


 予想通り、女の体はベンチの背もたれに叩きつけられ、その反動でホームの床に転がった。飛び込み自殺を目の当たりにした運転手が急停止を掛けたせいで、電車は盛大な軋みを上げて速度を落としていく。他人の死を目撃して、叫びや呻き声を上げる乗降客がいる反面、滅多にお目に掛かれない惨劇の瞬間を記録しようといち早くスマホを構えた連中もいた。すべては数秒の間に起きたことで、走る電車に飛び込んだ女の姿が掻き消えたことに気づいた者は誰一人としていなかった。


 急停車した電車の車輪の下にあるはずの女の死体を覗き見ようと、ホームにいる乗降客の注意は線路に向いている。魔王はホームの床に倒れている女を乱暴に引き起こすと、まだ目の焦点すら定まらない女の耳元に向けて声を上げた。


「目を閉じておれ。ワシがよいと言うまで絶対に開けるな」


 魔王の言葉に、女は素直に従った。歯を喰いしばり、必要以上の力を込めて両目を閉じる。


 女の表情は僅か数分の間に激変していた。完璧に施したメイク越しに、女の不安と恐怖が透けて見えている。高そうなビジネススーツを纏っていても、恐怖に震える女の姿は、道に迷った幼い子供のように見える。


「誘導する。掴まれ」


 自分の右肩に女の手を置く。意図を察した女の右手が痛いほどの力で魔王の肩を掴む。


 背後に女を従え、魔王は足早に移動を開始した。


「ちょっと、速いって」


 女の上げる抗議の声を無視して、階段を昇っていく。女の為に速度を落とす気などなかった。移動速度について行けず、掴んだ肩を離してしまえば、その段階でこの女の命は尽きる。ただそれだけのことだ。

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