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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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回収

 臓腑(ぞうふ)を抉るような痛みに襲われ、階段の踊り場で動きを止めた。内臓を搾り上げられるような不快感が腹の奥底から湧きだし、甘王の額を冷汗で湿らせていく。


「甘王隆」


 自分の名を呟いていた。本当の名ではなく、この世界における、この脆弱な肉体に付随(ふずい)する仮の名前だが、それでも今、自分はこの名を名乗っている。


「惨めったらしくまだ生きておったのかよ、宿主殿」


 憑依した甘王の肉体に自我は残っていないと魔王に思わせるほど、甘王の精神は(うつ)ろだった。魂の抜け殻である空っぽの肉体に入り込み、自在に動かしているのだと思い込んでいたのだが、そうではないことに今更(いまさら)ながら気づかされた。


 考えてみれば、転生してからの自分の行動には不可解な点が多かった。いくら脆弱な人間に憑依してしまったからといって、魔王たる自分が忌み嫌う人間と共に生活するなどということがあるわけがない。甘王隆の首を切り裂いてでも、他の頑強な肉体に憑依すればよかったのに、イ・モトゥやオ・カァサンと共にかび臭い木造住宅に住み、あろうことか二人の為に人間に頭を下げて仕事までしている。


 成り行きからして仕方がないと思い込んでいたが、今までの行動の全てに、宿主である甘王隆の意思が絡んでいるとすると合点がゆく。魔王たる自分の意思の奥底に、宿主である甘王隆の思惑が働いているということだ。


 助けを求める女を見捨てるという魔王としては当然の選択は、人間である甘王隆には受容できないことなのだろう。それとなく気づかれぬよう魔王の意思に干渉してきた甘王隆の思惑(おもわく)は、知人だという女の死に瀕して顕在化した。


「ふん、大方お前を袖にした女のひとりであるのだろう。そんな女を助けてなんになる」


 腹の痛みを抱えたまま、階段を上り始めた。宿主である甘王の意向を訊いてやるつもりなど欠片も無い。意識の隅で(うずくま)っているような男の望みをひとつでも叶えてしまえば、調子づいて事ある毎に干渉してくるだろう。女を見殺しにすることで甘王隆の意思を完全に抑え込み、二度と意識の表層に現れないよう調教しなければならない。


「お金、金を返して貰ってない」


 階段を上り切った甘王の口から呟きが漏れた。


「何?」


 自分の声に訊ね返した。通りすがりの乗降客たちが不審そうな目を甘王に向けるが、気にも留めなかった。


「金を貸しているのか、あの女に」


「5万円」


「ごマンえン?マジか!」


 バイト代に換算すると50時間分もの金だった。返して貰わなければ大損だ。


「いつだ?いつ貸した?」


「五年くらい前」


 5年前なら甘王隆は学生だ。学生にとって5万円は結構な大金だろう。


「5年くらい前。まだ時効ではないだろうな?」


 ネットで得た情報の中に、金の貸し借りに時効があるという件を見たような気がした。返済日を決めていないのなら、個人間での金の貸し借りは5年で時効を迎える。


「ええい、このばかちんが。なぜそれを早く言わぬ!」


 コンコースを歩く乗客たちが露骨に甘王を避けて行く。独り言を喚き散らす危ない人に見えるのだろうが、知ったことではない。


「回収せねば。利子も払わせるぞ。良い身なりをしていたから、きっと金はあるはずじゃ」


 (きびす)を返すと、二段飛ばしで階段を駆け下りた。ホームの中央に立つ女の背中が見える。息を切らせながら女の背に向かって走り出した。


 視界の先に、ホームに入線してくる電車が見えた。女との距離は未だ十数メートル離れているうえに、女は電車に向かって走り出していた。ホームの端に到達した女は、人を轢死(れきし)させるのに十分な速度を持って走行する電車に向けて躊躇(ちゅうちょ)なく跳躍(ちょうやく)した。


「クロノベーレ!」


 咄嗟(とっさ)に叫んでいた。口を突いた術の名は無意識の領域から引き揚げられたもので、術の効果すら魔王は忘れていた。



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