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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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自死

 スーツの女は相変(あいか)わらずホームに(たたず)んでいた。移動するわけでもなく、誰かを探している様子もない。(ほう)けた目で宙の一点を見据(みす)え、ホームの中央に立ち尽くす女の姿は異様だったが、ホームにいる乗降客は誰ひとりとして女の異変に気づいていない。


 電車が到着するアナウンスが流れる。車内で発生した急病人の対応で5分ほど遅れて到着すると告げていた。女の首が動き、右側のホームに視線が向く。ゆっくりとした動作で体の向きを変えると、女は再び到着した電車に向かって歩きだした。


 甘王は女に向けて突進した。停止直前だった先程の電車とは異なり、ホームに入ったばかり電車の速度は速かった。飛び込もうとする女を抱き留め、甘王は自分の身体を半回転させた。勢い余った甘王の右肩が走る電車と接触し、女の体ごとホームの中ほどまで弾き飛ばされた。


「ぐぅっ」


 女を(かば)いながら転倒した甘王の体がホームの床に叩きつけられた。電車と接触した右肩がひどく痛む。


「何やってるんだ、あんた」


 腕の中の女を(にら)みながら吐き捨てた。過去に憑依(ひょうい)していた勇者どもの肉体とは異なり、転生した甘王の体は脆弱(ぜいじゃく)で、傷を負うと凄まじい痛みに襲われる。以前深爪(ふかづめ)をした際に、たかだか指の爪を切りすぎただけで数日間痛むという事実を知って驚愕したものだ。


「ご、ごめんなさい」


 先程の強気な態度は影を潜め、女の顔は青ざめていた。死ぬ気はないと言っていたのは本当なのかもしれない。女の表情には、露骨(ろこつ)なほどの恐怖が刻み込まれていた。


「どうしたんだろう、わたし」


 虚ろな目で女が甘王を見つめる。


「甘王、甘王隆」


 女が甘王の名を呟いた。魔王としての自分の記憶にはないが、どうやら女は甘王隆の知己(ちき)であるらしい。


「なるほど」


 女の瞳の奥に精神の揺らぎが見えた。そういうことかと合点がいく。


「呪いか」


 何者かが女に呪術を掛けている。


 女の視線が甘王から()れ、隣のホームに入ってくる電車を捉えていた。電車を目にした途端、女は形相を変え、強い力で甘王を押しのけようと抗い、床を這いながら隣線の電車に向かいだした。


 自死の呪いだ。強力な暗示をかけられ、一定の条件が満たされると死の誘惑に捕らわれる仕組みなのだろう。女の場合、走行する電車を目にすると飛び込むようにプログラムされているに違いない。


「面倒だな」


 舌打ちしながら女の体を抑えつける。体重こそ女の倍はあるのだが、甘王の体力は極端に低い。必死でもがく女の体を押し留めるのは容易なことではなかった。


 ホームの床に転がる二人の姿に、周囲の客たちが騒ぎ始めた。痴漢だと(わめ)く数人の男たちが甘王を女の体から引きはがす。強引に引き立てられた甘王の前で、女が学生風の男に抱えられて立ち上がった。


 飛び込もうとしていた電車がホームに停まると、女の顔から狂気が消えた。数人の男に取り押さえられている甘王と電車を交互に見つめると、女は抱き止めていた男の腕を振りほどき、甘王へと足を踏み出した。


「助けて。お願い」


 唇を震わせながら女が甘王に(すが)りつく。甘王を取り押さえていた男たちが顔を見合わせ、女に向かって痴漢じゃないのかと問いかける。


「違います。この人は知り合いで、助けてくれたの」


 女が男たちの手を振り払うと、男たちは無言のまま甘王から離れて行った。


「わたし、呪われてるの?」


 怯えた顔で女が甘王に問いかける。


「そのようだな」


「助けて。昔のことは謝るから、お願い、助けて」


 どうやら甘王隆と女の間には何かしらの因縁があるようだ。だとしたら尚更この女は見捨てるべきだ。


「無理だな。お主は死ぬ。(あきら)めろ」


 縋りつく女に向けて言い放った。宿主である甘王の知人ではあるのだろうが、人間の女など魔王である自分にとっては虫けら以下の存在だ。 生きようが死のうが知ったことではない。ホームに膝を付いて見上げる女に冷笑を浴びせると、甘王は女に背を向けて階段に向かって歩き出した。次の電車が来れば女は間違いなく飛び込んで死ぬ。そうなれば上下線ともに運転を見合わせるだろうから、今のうちに隣の電車に乗り換えて新宿に向かう必要がある。


 甘王を追いかけようとする女の動きが止まる。新宿行きのの到着を知らせるアナウンスが流れていた。立ち上がった女の体がゆっくりと反転し、到着ホームへと向きを変える。どうせなら女が死ぬところを見たかったが、新宿の冷やし麺と天秤にかけると、冷やし麺の方が重要だった。女の背を一瞥(いちべつ)し、甘王は隣のホームへ移動するために階段を上り始めた。

 

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