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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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流星群

「お母さん、前にも増して疲れてるみたいなんだ。このままだと、いつかお母さんが」


 歯を喰いしばり、あかねは流れ落ちる涙を止めようとした。このままだと、感情の抑制(よくせい)()かなくなり声を上げて泣き出してしまいそうだった。


 数年に渡り、あかねは細くなっていく母の身体を見続けていた。()せたことを指摘すると、母はダイエット成功だねと力なく微笑んでみせる。どうにかしてやりたかったが、学校と部活を両立させるだけでも手一杯のあかねには、何もできなかった。相談しようにも、誰にも相談などできはしない。そんな日々が続いていた。


 一カ月ほど前、それまで自室に引き籠ったまま 他人同然だった兄と会話をすることができた。あいかわらず兄は意味不明なことばかり並べたて、しまいには自分は異世界から転生した魔王だと言い始めた。だがそれでも、兄は以前とは別人のように明るくなり、数年ぶりに外出までした。肉親は母ひとりではないと意識した瞬間から、あかねの中で張り詰めていた何かが切れてしまったのかもしれない。


「あかね、自転車を停めよ」


 兄の声がした。イ・モウトゥではなく、あかねと、自分の名前を呼んだ。


「もう道は判った。ここからは歩いていくとしよう。お前も涙を拭うとよい。ワシがこの有様で、お前まで泣いていたら、オ・カァサンが卒倒(そっとう)してしまう」


 側道(そくどう)に自転車を停めると、荷台から降りた兄が隣に並んだ。泣き顔を兄に向けると、首に巻いたマフラーで兄が強引にあかねの涙を拭う。


「痛いよ兄貴」


 不器用で乱暴だったが、それでも兄の気遣いは嬉しかった。


 目を開けると、兄の顔が正面に見えた。傷だらけの顔で、兄はあかねの顔をつぶさに検分(けんぶん)している。


「うむ。これならよい」


 安心したように微笑むと、兄はあかねを置いて歩き始めた。


「あかね。泣いてはならぬ」


 背を向けたままの兄の声は、あかねの頭の中に直接響いてくるような気がした。


「お前を泣かせる者は、ワシが全て消し去ってやる。だから安心せよ。そして、もう二度と泣くな」


 振り返った兄が、両手を広げ空を(あお)ぐ。


「魔王の名において、ワシがお前とお前の母に永遠の庇護(ひご)を約束してやる。喜ぶがいい」


 不意に(あた)り一面が光り輝いた。見上げると、冬の夜空を(おお)()くすように無数の流れ星が降り(そそ)いでいた。星の群れは、兄が呼び寄せたように次々と兄の頭上に落ちては消えていく。昼間のように明るくなった夜空を背景に浮かび上がる兄のシルエットは、強大で威厳(いげん)に満ち、怖いくらいに美しかった。


 ひょっとして兄は本当に。その考えをあかねは必死に(おさ)え込んだ。兄は引き籠りのニートで重度の厨二病(ちゅうにびょう)。それ以外の何者でもないはずだ。


「とりあえず・・・・・」


 星の流れが不意に消え去り、周囲は再び闇に包まれた。闇に目が慣れると、月の光だけが、兄の姿を蒼白(あおじろ)く浮かび上がらせていた。


「ワシは仕事を捜すぞ。イ・モウトゥよ」


 高らかな笑い声を残し、兄はあかねに背を向け歩き始めた。


「急げ、イ・モウトゥ。すき焼きが待っておるぞ」


 兄の言葉で、あかねは我に返った。自転車の荷台に兄を乗せてからのこと全てが、夢の中で起きた出来事のように感じられた。


「待てよ兄貴。ずるいぞ」


 自転車に飛び乗ると、あかねは立ち漕ぎで兄を追い越した。(あわ)てた兄が、短い手足をバタつかせながら追いかけてくる。その姿を見て、あかねは声を上げて笑った。


 昔みたいだな。そう思い、数年振りにあかねは心の底から笑った。



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