帰路
「イ・モウトゥよ」
荷台から兄の声が聞こえる。
「疲れるから話かけるなよ、兄貴」
「星の位置が違う。ここは本当にワシの知る世界ではない」
「そうなのかよ。それでどうなんだ?そっちの世界とやらに帰りたいのか?」
「わからぬ」
自転車を漕ぎながら空を見上げた。雲のない夜らしく、月明りにも負けず輝いている星が見える。
「イ・モウトゥよ」
「なんだよ」
「ワシがお前を、この世界の女王にしてやるといったら、どうする?」
「女王?王女様じゃなくって、女王かよ」
「どちらでもよい。とにかく、この世界の頂点じゃ」
「いらねぇな、そんなの」
考えるまでもなく即答していた。
「なぜじゃ。どんな望みも思い通りじゃ。悪くはないじゃろう?」
「悪くはないね。憧れるよ」
「だったらなぜいらぬ?」
「だってそれって、兄貴から貰うだけだろう?つまんねぇじゃん」
「つまらぬ?」
「そうだよ。人から貰った地位にいて、それで何かしたってつまらねぇだろう?」
「世界の頂点に立つのがつまらんか」
「わたしが自分で掴んだ頂点ならいいけどさ。そうじゃなきゃ別にいらないな。多分、兄貴だってきっとそう思うぞ」
「なるほど。では尋ねるが、お前の望みは何だ?どんな願いでもひとつだけ叶うとしたら、お前は何を望む?」
外気は冷たかったが、あかねの額には汗が浮かびはじめている。
「そうだなぁ、ちょっと思い浮かばないな」
前方の北の空を、星が流れた。
「あっ」
「どうした?」
「流れ星。あっち」
あかねが指差した先で、再び星が流れた。
「おお、見えたぞ」
荷台から乗り出し、兄が声を上げる。そうしている間にも、北の夜空を次々と星が流れていく。
「すげぇな。流星群だぜ」
自転車を漕ぎながら、あかねは流れ落ちる星の軌跡を目で追い続けた。兄もまた無言で、同じ光景を見ている。
「お母さんに、元気になってほしい」
不意に口をついて出た言葉と共に、あかねの瞳から涙が零れ落ちた。慌てて目を拭ったが、涙は止まらず、次々と頬を流れ落ちていく。
「それがお前の望みか?」
風の音に交じり、兄の声が届いた。抑揚のない、低く静かな声だった。




