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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
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迷子

 聴きなれないノイズが耳朶(じだ)を打つ。


 犠牲者たちの叫びと、使役する獣の唸りの合間に、(かす)かな電子音が鼓膜(こまく)を震わせていた。大きな音ではなかったが、気になりだすと耳から離れない。


 上着の内ポケットを探り、スマートフォンを取り出した。同じ類の道具を所持していれば、いつでもどこからでも、連絡をつけることが可能な道具だと知ってはいたが、使ったこともなければ、よそから通信が来るのも初めての経験だった。長方形にガラスを貼り付けたようなその道具の表面を見ると、日本語であかねと表示されていた。


 通話と書かれた箇所(かしょ)に指先を押し付け、甘王はスマホを耳に当てた。


「あ、出た。兄貴?今どこにいるんだ?」


 スマホの中から、あかねの声が響いてくる。長方形のスマホに口を寄せると、甘王はスマホに向かって話しかけた。


「聞こえますか?」


「聞こえるよ。何してんだよ。もう九時になるぞ」


 間違いなくあかねの声だった。


「そうか。もうそんな時間か」


 悠久(ゆうきゅう)(とき)を生きる甘王は、元々時間の感覚が希薄(きはく)だった。魔力を取り戻した今となっては、やろうとすれば時間さえも支配できるかもしれない。


「あたしもおかあさんも、ずっと心配して待ってたんだぞ。どこかで迷子になってないかってさ」


「そうか。それはすまんな。知り人に会ってな、旧交を温めておったところじゃ」


「へぇ、久しぶりに外に出たのに、結構エンジョイしてるんじゃん。安心したぜ」


「うん、まぁそれなりにな。で、なんじゃ。用事はそれだけか?」


 今いいところなのだとは、さすがに言えなかった。


「驚くなよ兄貴。後輩の実家がお肉屋さんでさ」


 (はず)むような口調であかねが続ける。


「特上の牛肉を貰っちゃったんだよ。それも2キロだぜ。すき焼きにするから、さっさと帰って来いよ」


「すき焼き。それは美味(うま)いのか」


「いつもの鳥肉じゃないんだぜ。牛、牛肉。差しの入った特上だぞ。口に入れるだけで()けちまうやつだ」


「ほほう、口に入れただけで溶けるのか。それは興味深い」


「あとは肉を入れるだけなんだ。とっとと帰って来いよ。それとも、すき焼きより大事な用があるのか?」


 魔力の復活を祝って、愚かな人間を生贄(いけにえ)にしようとしていたところだった。ここで中断したら、使役した鳥さんやネズミさんが怒るかもしれない。そう思い、甘王は三人の犠牲者と鳥獣たちに視線を向けた。


 呼び寄せたはずの鳥もネズミも、一匹残らず消えていた。それでも駐車場には、それらが存在した痕跡(こんせき)は残っていた。舞い落ちる大量の羽と、床に転がる無数の糞が、鳥獣たちの存在が幻覚でないことを証明していた。


「そうか。それでは仕方ない。用も済んだ故、急ぎ帰るとしよう」


「どこの殿様だよ兄貴。急げよ。腹減って死にそうなんだ」


 高らかな笑い声を残して、あかねが回線を切った。スマホの画面を(しば)(なが)めたあと、甘王はスマホを内ポケットにしまい込んだ。


「すき焼きのぉ」


 呟きながら駐車場を歩き始めた。一命を取り留めた三人は、呆けたような顔をして駐車場に座り込んでしまっている。


 甘王は佐藤の前に膝をついた。目の焦点が合っていない佐藤の頬を二回ほど叩いて正気に戻す。


 佐藤の視線が甘王を捉えた。後退(あとずさ)る佐藤に近づくと、佐藤は頭を抱え、アスファルトの上で赤ん坊のように体を丸めてしまった。


「恐れるな。もう危害は加えぬ」


 甘王は上着のポケットから、オ・カァサンに返そうと思っていた三千円の残金を取り出し、佐藤に差し出した。


「金が欲しいのだろう?これをやる」


 子供のように頭を振ると、佐藤は自分のズボンのポケットから財布を取り出し、甘王に差し出してきた。


「金などいらん。だが、ここがどこだか見当がつかぬのでな、家まで送っては(もら)えぬか?」


 佐藤が大きく何度も(うなず)く。這いつくばりながら佐久間に詰め寄り、失神している佐久間のポケットから車のカギを取り出すと、黒のワゴン車の運転席に乗り込んだ。


 甘王は同じように座り込んでいる岩田の前に立った。目の前で、甘王が指を鳴らすと、岩田の目の焦点が定まった。


「立つがよい」


 甘王の言葉に、岩田が力なく立ち上がる。甘王に視線を合わせることができず、岩田は顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。


「ワシが怖いか?」


 泣きじゃくりながら、岩田が何度も首を縦に振る。


「そうか。なら逃げるといい。甘王隆がお主から逃げたように、お主も命を賭けてここから逃げろ。敵わぬ相手に向かって玉砕するのは愚か者の蛮勇にすぎぬ。恐怖を知らぬ者が、二度と死を選ぶだのと口にするな」


 岩田の右手から、ブラスナックルが落ちて転がった。それに目もくれず、岩田は甘王に背を向け、ぎくしゃくと公園の出口に向かって走り出した。


「さて、帰るとするか」


 佐藤の向かった車に目を向けると、ワゴン車は急発進をし、凄まじいスピードで駐車場から出て行ってしまった。


「フロガ・エクリクシー!」


 ワゴン車に向けて右手を突き出し、甘王は爆裂魔法を放った。何も起こらず、ワゴン車は夜の幹線道路を走り去っていく。


「魔力も消えたか。不思議じゃのう」


 右手を見つめながら、甘王は途方(とほう)に暮れた。使役魔法なら使えるのかもしれないが、今さら鳥やネズミを呼び出しても仕方ない。


 上着のポケットからスマホを取り出すと、甘王はあかねに連絡を取った。


 迷子になったから、迎えに来てほしいと伝えると、あかねは毒づきながらも居場所の手がかりを尋ねてきた。



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