暴行
荒川の河川敷にある公園の駐車場に車を停めた。夏ならともかく冬のこの時間帯にはさすがに人通りはない。甘王を車から降ろすと、佐藤晶は金を貸してくれと甘王に頼んだ。
「断る」
なんの躊躇もなく甘王は即答した。自分の置かれた状況をまるで理解していないようだ。
「どうしてもダメ?」
「ワシの金ではないのでな。それに主らに貸してやる理由が見つからん。他を当たれ」
甘王は実家に引き籠って数年になるはずだ。昔と違って、ずいぶんはっきりと物を言うようになっていた。
「仕方ねぇなぁ。それじゃ諦めるよ」
「それがよい。用はそれだけか?だったらワシを送れ。ここは寒い」
甘王の言葉に、後ろに控えていた佐久間と岩田が驚いて顔を見合わせている。ニキビ面の岩田が、笑いながら佐藤に目を向けた。
「晶さぁ、舐められてるんじゃね?このデブによ」
高校時代から太ってはいたが、今の甘王は更にぜい肉が増えていた。高校を中退し、それからずっと家に閉じこもっていたらしいから当然だ。
つるんでいるとはいえ、佐久間と岩田は気心しれた友人というわけではない。甘王を見つけたとき、いいカモがいるとはしゃいだ手前、甘王に舐められるわけにはいかない。
「お前、今幾ら持ってんの?ちょっと見せてよ。見せるだけでいいからさ」
「なるほど。ひょっとしてお主らは、ワシから金を奪おうとしているのか?」
納得がいったように、甘王が顔を上げる。合点がいったのか、妙に晴れやかな顔だ。
「面倒臭ぇな、こいつ。晶、手伝ってやるからお前やれよ」
地面に向けてツバを吐くと、佐久間が甘王の背後に移動した。
「さっさと出せばいいのに、お前バカか?デブ」
佐久間と岩田が背後から甘王の両手を取った。甘王は抗ったが、大柄な岩田に押さえつけられ、羽交い絞めにされてしまった。
ため息をつきながら、佐藤は甘王の前に立つと、ぷっくりと膨れた甘王の腹に向けて蹴りを放った。内臓破裂で死なれては困るから手加減はしたつもりだったが、佐藤のつま先はぜい肉だらけの甘王の腹に抵抗なく突き刺さった。
呻きを上げ、甘王が前のめりに屈みこむ。腹を押さえようとするが、岩田に羽交い絞めにされているからそれもできない。
「痛ぇか?だったら金出せよ」
俯いている甘王の耳元で怒鳴り声を上げた。甘王は無言のまま顔も上げない。
「まいったしろよ、アマ。中学高校一緒だったお前をいじめたくねぇんだよ」
本当は幼稚園から一緒だった。小学校低学年の頃は、よく一緒に遊んでいた。年を重ねるにつれて、会話はなくなり、高校に入学したころには挨拶すら交わさなくなった。何があったというわけではない。ただ単に接する機会が少なかっただけだ。
「どうした?気ぃ失っちまったか?」
甘王の前髪を掴んで顔を上げる。昔のことを思い出して、少しだけ罪悪感が沸いてきたが、それでも佐久間や岩田の手前、脅して金を奪わなければならない。
泣きっ面を浮かべていると思ったが、予想に反して甘王は笑っていた。暗い双眸で佐藤を見ながら、甘王は声を立てずに笑っていた。
「なに笑ってるんだよ」
甘王の笑顔を見た途端、頭に血が上った。金を出せばそれ以上は痛めつけないつもりでいたのに、この馬鹿はこっちの気持ちをまるで理解していない。
佐藤は甘王の鳩尾に、腰の入ったパンチを叩き込んだ。腹筋などまるで無いような腹だったから、蹴りもパンチもダメージは内臓まで届いているはずだ。
「痛い。痛いぞ、人間」
喉の奥で笑いながら、甘王が呟いた。
「だが、この程度ではな。あのバカの拳は、ワシの魔装具を突き抜けて来おったぞ。同じ人間でも、お前の拳とは天地ほどの差があるわ」
誰の話をしているのかは知れなかったが、バカにされていることだけは判った。襟首をつかみ顔を上げさせると、佐藤は甘王の鼻先に頭突きを叩き込んだ。
額越しに甘王の鼻の軟骨が潰れるのを感じた。顔を離して甘王の顔を見ると、一拍遅れて鼻孔から鼻血が流れ落ちて来た。
「それだけか小僧。お前の覚悟を見せろ。ワシを殺してみろ。でなければいつか、ワシがお前を殺すぞ」
泡混じりのツバを吐き出しながら、甘王が喚く。




