送迎
埼京線で新宿に向かい、魔王は新宿の街を歩いてみた。どこもかしこも人間だらけで、歩いているうちに気分が悪くなってきた。人間をのさばらせれば、空も大地も水も、空気すら汚染された世界になる。やはり人間は、その数を大幅に間引く必要があった。この薄汚い世界の空を、サラマンダーで埋め尽くしたなら、人間どもはどんな表情を見せるのだろう。そのためには一刻も早く魔力を取り戻す必要があった。
ほぼ一日かけて、東京の街を見学して歩いた。腹が減ったので、通りにある小さな店でたこ焼きを買って食べた。初めて食べるたこ焼きはうまかったが、不用意に放り込んだせいで、口の中を火傷した。
浮間船渡に着くと、歩いて甘王家に向かった。陽は陰り、辺りは暗くなりはじめていた。
人気のない道を歩いていると、自動車とかいう液化燃料で動く荷車が自分のすぐ脇に並んだ。箱型で黒色のその車は、速度を落としたまま甘王と同じ速度で並走を続けている。無視して歩き続けていると、その車から不快な音が鳴り響いた。相手の注意を引く際に鳴らすクラクションとかいう機能だろう。新宿で何度か耳にしたが、近くで聞くと思った以上に威圧的な音だった。
「よぉ、お前甘王だよな?甘王隆。そうだろう?」
自動車の窓ガラスが下がり、若い男が声を掛けて来た。黒い眉毛と比較して、不自然なほどに茶色い髪をしている。
「確かにワシは、この世界では甘王隆と呼ばれておる。して、お主は何者じゃ?」
茶髪の眉間に皺が寄る。
「お前ふざけんてんの?なんだよ、その喋り方」
自動車の中から、茶髪が火のついた煙草を投げつけてきた。煙草は甘王の左胸に当たると、火の粉を散らして歩道に落ちた。
「ふむ。どうやらワシとお主は、友好的な関係ではないらしいのう」
「何言ってんだ、てめぇ。おい、ちょっと止めろ」
茶髪が右隣にいる男に声を掛けると、自動車は車道の脇に停車した。どうやら右側の男が自動車の御者であるらしい。
「タカシちゃん、おれのこと覚えてねぇの?」
自動車のドアが開き、茶髪が車道に降りて来た。茶髪の男は背こそ甘王より高かったが、細く貧弱な体つきをしていた。
「お前ニートだよな、タカシちゃん。バイト先で女にいじめられて、ニートになっちゃったんだろ?」
甘王の前に立ち塞がり、茶髪が顔を近づけ声を荒げる。ひどい口臭だった。
「ニートは止めた。今は魔王をしておる」
「わけわかんねぇな。前からアマオウだろうがよ」
魔王と甘王を混同しているようだが、音が似ているから仕方がない。
「で、ワシに何のようじゃ?寒いのでなぁ、さっさと帰ってお茶飲みたいんじゃがな」
「だったら送ってやるよ。後ろに乗れや」
薄笑いを浮かべながら、茶髪が自動車の後部座席を指し示す。
「それはありがたい。自動車とやらにも乗ってみたかったところじゃ。電車と違って少し狭いようだな」
黒くツヤのあるドアが音もなくスライドした。建物にある自動ドアとかいう技術が、この小さな荷車にも装備されていることを知って、甘王は少なからず驚いた。
茶髪に促され、後部座席に乗り込んだ。中は薄暗く、大音響で音楽が鳴っている。
「アマじゃん。すげぇな」
甘王の姿を見て、後部座席に座っていた大柄な男が声を上げる。図体はでかいが、ニキビの跡が残る幼い顔をしている
「ワシの家は知っておるのか?今日はオ・カァサンが夕飯を作ると申しておったのでの。急いでくれ」
前の席に乗り込んだ茶髪と隣のニキビが同時に笑い出す。茶髪の隣にいる金髪の男も、ハンドルを叩きながら笑っていた。
「お母さんの夕飯かよ。いいねぇ引きニート様は」
茶髪が煙草に火を点けながら甘王を見る。
「すぐに送ってやるよ。けどな、その前にちょっとだけ寄り道するからよ」
茶髪が吐き出す煙草の煙が不愉快だった。中にいる他の二人もいけ好かない。どうやらトラブルに見舞われたようだと悟ったが、車のドアは開いたときと同じように音もなく閉じていた。




