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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第二章 魔王復活
53/202

世界

 この世界に転生してから一カ月ほどが過ぎていた。この間に、魔王は自分の置かれた状況、立場を把握(はあく)した。


 甘王隆アマオウ タカシ)。これがこの世界での自分の名前だった。日本という島国に暮らす、23歳の男だ。甘王はニートと呼ばれる未就労(みしゅうろう)の若者で、母親である甘王小百合(あまおうさゆり)に寄生して生きていた。

 一日中部屋に閉じ(こも)り、ただひたすらパソコンと呼ばれている機械を操作して、外界との接触を保っている。それが甘王隆の現状だった。


 だが今の自分にとって、その境遇はありがたいものだった。半月ほどかけて自室にある書物をあさり、魔王は日本語の読み書きを習得した。


 日本語をマスターすると、自室の机の上にあるディスプレイが気になりだした。オ・カァサンにそれとなく(たず)ねると、それはパソコンという、情報収集と発信を行う機械の端末であることが判明した。だが、肝心の操作方法が今一つ分からない。それに関しては、あかねに()く以外方法はなさそうだった。

 

 朝食の一件以来、あかねとは口をきいていない。かといって、魔王たる自分が人間ごときに頭を下げて教えを乞うわけにもいかない。

 ぎくしゃくした関係が数日続いた頃、滅多に積もらないという雪が積もった。昔は二人してよく雪だるまを作っていたわねというオ・カァサンの言葉からヒントを得て、魔王は一計を案じた。

 

 玄関の前に、大小七つの雪だるまを作った。体力のない甘王の肉体で、七つの雪だるまを作るのはなかなか大変な作業だったが、人間に頭を下げる屈辱(くつじょく)を思えば辛くはなかった。


 部活を終えて帰宅したあかねは、雪だるまを見ても何の反応も見せなかった。仕方なく魔王は、あかねの部屋を訪ねた。無言のままドアを開けたあかねの前に、魔王もまた無言のまま、フライパンに乗せた小さな雪だるまを差し出した。

「なんだよ、これ」

和解(わかい)の品じゃ。受け取れ」

 丸めた雪玉を二個重ねたものに、冷蔵庫にあった黒豆を埋め込んで目の代わりにし、こたつの上にあったミカンの皮で口をつくった。

不細工(ぶさいく)な雪だるま。センスねぇよ」

「一応、お主をモデルにしたのじゃがな」

 あかねは乱暴にドアを閉めて、部屋の中に戻ってしまった。怒らせたかと思い、ドアを開けて覗いてみると、あかねは部屋の中で腹を抱えて笑い転げていた。

 

 あかねに教わったインターネットを使って、魔王は労せずこの世界の成り立ちを知り、歴史を知ることができた。そして自分が転生したこの世界には、魔法もなければ魔物もおらず、魔王も勇者も物語の中の住人でしかないということを知った。


 この情報は少なからず魔王を動揺させた。確かにこの世界では、自分の知る魔法は何ひとつ発動しない。その事実を()まえたうえで冷静に考え判断するならば、自分は異世界から転生してきた魔王ではないという結論に(いた)る。それならば自分は何者なのだろう?答えは簡単だ。自分は最強の魔王だという妄想に捕らわれた、甘王隆という引きニートだ。


 新たな現実を見届けるため、魔王は外出を決心した。自分が魔王でないのだとしたら、なぜ甘王隆としての記憶が欠落(けつらく)しているのか。甘王隆としての過去が一切ないのに比べ、魔王として異世界で生きた記憶は鮮明だった。これが全て妄想だというのなら、今足元にある世界ですら存在を疑わなければならない。外へ出て、自分の目でこの世界を見て、触れてみる必要があった。


 外出の準備をして玄関に向かうと、オ・カァサンがいた。散歩してくると伝えると、オ・カァサンがマフラーを首に巻いてくれた。そのあとに財布から(しわ)だらけの紙幣を抜き出し、甘王に差し出してきた。


 青白い紙幣に、この国の男の顔が刷り込まれている。ゼロが三つ表記されているから千円札だろう。


「散歩じゃ。金などいらぬ」


 差し出した手を払いのけたが、それでも持っていきなさいと詰め寄られた。仕方なく三枚の紙幣を受け取ると、オ・カァサンは微笑んだ。


「久しぶりの外出なんだから、何かおいしいものでも食べてきなさい」


 美味(うま)いものはお主の手作り料理だと答えると、オ・カァサンは目を丸くして驚いた。


「隆がお世辞言うなんてねぇ」


 人間ごときに世辞など使わぬと言い捨て、玄関から外へ出た。この家族が金に困っているのは、イ・モウトゥから聞いて知っている。外出から戻ったら、金は全額突き返してやるつもりだった。

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