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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
プロローグ
4/202

怪物

降り注(ふりそそ)瓦礫(がれき)の山を潜り抜(くぐりぬ)けた勇者は、右の刀を抜き放ち、老人の首目掛(めが)けて突き出した。刃が老人の喉を(つら)く瞬間、老人の体は舞うように飛翔(ひしょう)し、勇者から離れて行った。


「わしからも提案(ていあん)しよう。人間を殺せ。10人にひとりは生かしておいてよい。選別(せんべつ)し10分の1になったなら、人間の存在を認め、我が世界の片隅で細々と暮らすことを許して使わす」


 跳躍(ちょうやく)し、飛翔する老人に追撃(ついげき)を掛けようとした勇者の頭上から、全身を震わせる(けもの)咆哮(ほうこう)(とどろ)いた。(あおぎ)ぎ見ると、崩落(ほうらく)した天井の岩盤を突き破り、巨大な黒い影が覆い被(おおいかぶさ)るように落下してくる。


 地上に降りた勇者は、強大な影を避けようと瓦礫の山を()うように走り抜けた。地上に降り立った影が、再び耳を覆う雄叫びを上げた。影の正体は体長20メートルを超す巨大な灰色オオカミだった。オオカミが異様なのは体の大きさだけではなかった。オオカミの首には、鼻ずらに(しわ)を寄せ、白い牙を()み鳴らす六つの頭が生えていた。オオカミは互いに牽制(けんせい)しあい、不機嫌な(うな)り声を上げながら、眼前にいる勇者の姿を見据(みす)えていた。どれが司令塔なのかしれないが、互いに牙を咬み鳴らすオオカミの頭たちとは異なり、灰色の獣毛で覆われた強靭(きょうじん)な四肢は、勇者に向けての跳躍(ちょうやく)に備え張りつめている。


 六首オオカミの突進に合わせて、勇者の体が疾駆(しっく)する。激突する瞬間に跳躍した勇者は、オオカミの(あぎと)(かわ)し、右手にもつ刀で首のひとつを()り落とした。斬り落とされた頭は短い悲鳴を残して大地に落ちたが、残る五つの頭は何もなかったように勇者の姿を追っている。


 斬り落とされたオオカミの首から、新たな頭が生え始めていた。傷の再生速度は速く、新たに生えてきたオオカミの首はすぐに体になじみ、他の五つとの見分けがつかなくなった。


 足場(あしば)の悪い瓦礫の山の中を駆けながら、勇者は呪文の詠唱を始めた。口の中で唱えていた呪文は、六首オオカミに近づくほどに大きくなり、呪文に呼応するように勇者の左手が光を放ち始めた。赤く輝く勇者の左手は、声の大きさに比例(ひれい)して輝きを増していく。


「フロガ・ヴェーロス!」


 突き出した勇者の左手から無数の炎の矢が放たれ、六首オオカミを直撃(ちょくげき)した。炎と爆炎(ばくえん)に包まれた六首オオカミがもんどりうって倒れるのを見ると、勇者は左手でもう一本の刀を抜き放った。両手に握った刀を引きずるように疾駆(しっく)に入った勇者は、再び呪文の詠唱を開始する。


 両手に下げた刀が、異なる輝きを帯びていく。左手に下げた刃は赤く、右手のそれは青く輝き始めていた。右脳(うのう)左脳(さのう)を同時に使い、異なる魔法を左右の剣に付与(ふよ)する技術は、最高難度(さいこうなんど)(ほこ)る魔法剣の秘儀(ひぎ)だ。


「バフゴロスガ・エエククリリククシシーー」


 バゴス・エクリクシーとフロガ・エクリクシー。氷属性(こおりぞくせい)炎属性(ほのおぞくせい)の魔法を同時に発動させるには、自分の中にふたつの人格を作り上げ、それぞれに呪文を詠唱させる必要がある。結果、ふたつの人格(じんかく)により詠唱された呪文は重なり合い、()ざり合って口をついて出る。


 右に構えた絶対零度(ぜったいれいど)の刃が、六首オカミの首筋(くびすじ)に叩き込まれた。一拍遅(いっぱくおく)れで発動した魔法効果は、オオカミの全身を一瞬にして(こお)りつかせた。


 勇者が()てついたオオカミの首筋に左手に構えた炎の刃を突き立てようとした瞬間、六つのオオカミの頭を()き分けて巨大な金髪(きんぱつ)を持つ女の顔が現れた。オオカミの胴体(どうたい)に生えた女の顔は、閉じていた瞳を開き勇者を見つめた。女の(うつ)ろな()と視線を重ねた勇者の動きが、束の間停止した。


 真一文字まいちもんじに結ばれていた女の唇が()け、憎悪(ぞうお)宿(やど)した異国(いこく)の言葉を吐き出した。呪詛(じゅそ)は空気に触れた途端(とたん)実体化(じったいか)し、粘着性(ねんちゃくせい)の液体となって勇者の全身に(から)みついた。


()らいおったわ」


 宙に浮いて勇者を見ていた魔王が、(ひざ)を打った。


「人の身であれを喰らっては、ひとたまりもなかろう」


 冷たい笑みを浮かべた魔王は、瓦礫の山へ落下していく勇者を目で追った。


「たわいない。あれが勇者とはの」


 瓦礫の山に激突(げきとつ)した勇者の体は、大量の粉塵(ふんじん)を巻き上げながら瓦礫の底へ落ちていく。


 巨大な女の顔が薄ら笑いを浮かべ、魔王を見る。魔王が女の顔に(うなず)いてみせると、女の胴体に当たるオオカミの尻尾(しっぽ)がうれしそうに左右に揺れた。魔界の深層(しんそう)から連れ出した伝説の怪物スキュラだった。手なずけるのに時間はかかったが、今は忠実(ちゅうじつ)な犬のように魔王の命令に(したが)うようになっていた。


「終わったの。あとは人間共を駆除(くじょ)するのみ。なんとも面白みのない結末だったわい」


 魔王はため息をつくと、勇者の姿が消えた瓦礫の山に向けて移動(いどう)を開始した。



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