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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第一章 勇者降臨
32/202

旅立ち

 隣の女が顔を上げた瞬間、部屋の中から南条の声がした。


「我は光の勇者なり。我が立つこの場所に、光の加護があらんことを」


 稲光(いなびかり)が廊下を照らし、雷鳴が響いた。積った灰をふき取るように、光が闇を払拭(ふっしょく)していった。陰鬱だった廊下は、一瞬にして光で溢れた。


 明奈の足元にまで這い寄ってきた女の動きが止まった。土気色の肌には血の気が戻り、陶磁器(とうじき)のように白く輝いていた。


「わんわん」


 203号室のドアから、真っ白な小さな犬が姿を現した。耳の垂れた愛らしい小型犬だ。犬は尻尾を振りながら、隣の女に駆け寄っていく。


「メロちゃん」


 隣の女が声を上げた。メロと呼ばれた小型犬は飛び跳ねながら、隣の女の顔を舐めている。


「やめて、メロちゃん。くすぐったい」


 隣の女が嬉しそうに笑う。両手を伸ばし、メロの体を抱きしめた。


「ユミコ。ユミコでねぇか」


 203号室から、人の好さそうな老婆が現れた。ユミコと呼ばれた隣の女が振り返る。


「ばあちゃん、ばあちゃんけ?」


「なしただ、ユミコ。おま、そげなとこでどげんした?」


 老婆が部屋の中に顔を向ける。


「おどさ、ユミコじゃ。こげんとこにユミコがおる」


 おおっと間の抜けた声と共にドアが大きく開き、野良仕事帰りといった風情(ふぜい)の老人が姿を現した。


「おお、ひさしぶりだのう。ユミコ。まんず、おおぎくなったぁ」


「じっちゃん、じっちゃん」


 メロを抱きしめた隣の女は、泣き声交じりの声を上げながら立ち上がる。


「そんなとこにおっちゃいけん。ユミコ、こっちさ来い」


 老人がユミコを手招(てまね)きする。ユミコの手を離れたメロが、老婆の脇にお座りをする。


「ほんに、そっだらとこおっちゃなんねぇ。こっちゃ来い」


 項垂(うなだ)れたまま、ユミコは廊下に立ち尽くしている。


「いいの?わたし、そっちに行っていいのかな」


「あたりまえだぁ。死んじまったら、みぃんなこっちさ来る。悪いことなんかありゃしねぇ」


「わたし、悪いことしたの。お父さんやお母さんも泣いてて。親不孝だって。でも、もう取り返しがつかない」


「やっちまったことは仕方ねぇ。だからって、そんなとこでひとりぼっちでいたって仕方ねぇだろ?」


 ユミコの肩が震えていた。明奈は、ユミコの肩にそっと手を置いた。


 振り返ったユミコは、平凡な顔つきの女だった。疲れてさえいなければ可愛い人なのだろうと、明奈は思った。


「そんなに自分を責めないで。だれも怒ってなんていません。ただみんな、悲しかったんだと思います。あなたを失って」


 ユミコの瞳から、大粒の涙が(こぼ)れ落ちる。バンダナを外し、明奈はユミコの涙を拭った。


「ありがとう。わたしを許してくれる?」


「許すもなにも、わたし、何もされていませんよ」


 明奈が微笑(ほほえ)むと、ユミコも泣きながら笑った。メロが走り寄ってきて、明奈とユミコの廻りを跳ね回る。


「わたし、行きます」


 ユミコが部屋に向かって歩き始める。老夫婦とメロが、笑顔で迎えていた。


「明奈、知り合いか?」


 部屋から出て来た南条が、明奈に(たず)ねた。振り返ったユミコが、笑顔で南条に頭を下げる。


「ううん、今初めて会ったの。お隣さん。今日で引っ越すんだって」


「そうか。それは残念だな、せっかく知り合えたのに」


 南条はユミコに微笑みかけた。


「さようなら。あなたの行く先に、光あらんことを」


 老夫婦に抱きしめられながら、ユミコは203号室に消えた。いつの間にか203号室のドアは閉まっていた。もともと最初から、ドアは閉まっていたのだと明奈は思った。


 わんわんと元気よく吠えまわるメロが、203号室のドアをすり抜けて消えた。


「南条さん」


 203号室に向かって手を振っている南条に、明奈は訊ねた。


「幽霊って信じます?」


「幽霊?う~ん、そうだな。いるといいな」


「いるといいんですか?怖くないんですか?」


「怖いさ。だけど、死んでも先があるって考えると、なんだかワクワクしないか?」


「ワクワク?しませんよ」


「そうか。そうだな。死んだら終わり。そう思って生きるほうが正しいのだろうな。今を生きる。それが人間なのだろうから」


「何いってるかわかりません。だけど、なんかいいですね」


「だったら助けてほしい。川窪さんが怒っている。掃除を手伝ってほしい」


「すっごく汚いのかな?」


「すっごく汚い。保障する」


「サイテー。軽蔑する」


 明奈と南条は同時に笑い出した。振って沸いたように鳴き始めたセミの声が、ふたりを包み込んだ。



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