加護
部屋の中に入ると、奈緒はダッシュで和室に向かった。走りやすいように靴にはカバーを付けておいたから、土足で踏み込んだ。玄関から駆け出し、和室のガラス窓を解放する。強烈な風と雨が部屋の中に吹き込んだが、室内に蔓延する暗黒の瘴気のような紫の霧に亀裂が入った。
「ぬぉぉぉっ~」
キッチンの換気扇を動かし、両手に持った消臭スプレーから消臭剤を部屋中に散布する。和室に戻ると、紫の霧の発生源と思われる押し入れの引戸を開いた。
押し入れの中から雪崩のように崩れ落ちて来たのは、大量のアダルトDVDだった。よくぞここまでと思うほどの量のDVDが、狭い押し入れの中から次々に溢れ出してくる。泳ぐようにDVDを掻き分け、押し入れの中に消臭剤を撒き散らす。悲鳴を上げて逃げ惑うまっくろころ助どもを踏みつぶしながら、奈緒は玄関に戻り、呆けたように立っている南条にダンボール箱を押し付ける。
「仕分けしろ。必要なものとそうでないものを分けろ。いるものはこの箱の中。あとは全て処分するからな」
足元のアダルトDVDを手に取り、南条は感心したように声を上げる。
「よく描けた絵だけど、なんでみんな裸なんだ?」
「知るか!」
奈緒の投げたお玉が、南条の額を直撃した。尻餅をついた南条が、不思議そうに奈緒を見る。
「どうしたのですか?さっきから、だいぶイライラしてるようだが」
「こんな部屋によく住んでるわね。まるでごみ溜めよ、ここ」
「ああ、そういうことか。すまん。辺境の安宿など、ここよりひどい場所は幾らでもあったもので」
そういって南条は立ち上がり、辺りを見回した。
「なるほど。確かに少し邪気を感じる」
南条は目を瞑り、何事かを呟き始めた。蒼白い光が南条の体を包み込んでいく。呟きが止まると、右手の人差し指で天井を指し、閉じていた目を開いた。
「我は光の勇者なり。我が立つこの場所に、光の加護があらんことを」
南条が高らかに宣言する。その次の瞬間、雷鳴が鳴響き、辺りに閃光が走った。雨音が消え、窓から明るい陽の光が差し込んでくる。
黒と白、紫が支配していた部屋の中が光に満ち、色鮮やかに輝きはじめる。窓から爽やかな風が吹き込み、窓の手すりに小鳥たちが留まり愛らしく囀りはじめた。窓の外に顔を出してみると、厚い雲を割って出た太陽の光がアパートを照らしだしていた。窓の先にある池袋の高層ビ群の上には、巨大な虹が掛かっている。
「何をしたの?」
思わず訊ねていた。南条に魔法は使えない。それは証明済みだったはずだ。それでも奈緒は、奇跡を目にしたような気がした。
「光の加護を要請した。わたしは聖職者ではないので加護を与えることはできないが、呼び寄せることはできる」
「うそみたい」
窓際に立ち、ゴーグルとキャップ、防塵マスクを外した。爽やかな風が、奈緒の髪を揺らしていた。




