怪異
3分で戻るといった奈緒は、1分で戻ってきた。ゴーグルに防塵マスク、ヘアキャップを被ったその姿は、一目見ただけでは奈緒と判別できなかった。
「これ、持ってて」
奈緒は両手に持ったゴミ袋とダンボールのうち、ゴミ袋を手渡した。
「3分で出て来るから、戻らなかったらここを出て、警察を呼んで」
奈緒が明奈の手を握る。明奈は頷き、奈緒の手を握り返した。
「わたしはどうする?ここで明奈と一緒に待つのか?」
緊張感のない声で南条が尋ねると、ビニール手袋で肘まで覆われた奈緒の右手が南条の耳を掴んだ。
「うわっ、痛、いててっ」
「お前が先に入るんだよ、アホウが」
奈緒が南条の背中を蹴りつけ、部屋の中に叩き込んだ。
「いい?危なかったら、車まで戻ってね」
奈緒は明奈に言い放つと、息を止めて部屋の中に突入した。
「ぬぉぉぉっ~!!!!!」
声にならない奈緒の悲鳴が聞こえた。同時に南条の部屋の中から、黒やこげ茶、灰色のかび饅頭のような物体が廊下に溢れ出てきた。
「まっくろころ助!」
前にテレビで見たアニメーションの中のキャラクターに似たそれらの物体は、アニメの中と違って狂暴そうだった。目も鼻も無かったが、口には禍々しい牙が生えていた。
まっくろころ助共は廊下に出ると散りぢりになり、やがて消えていった。ただ、廊下の奥、203号室に向かったころ助共は、ドアから半身を現した部屋の主の姿を見ると、悲鳴に似た声を上げて消失していった。
明奈は部屋から現れた隣人の姿を見た。髪が長く白い衣装の、ジャパニーズホラーに出て来る典型的な幽霊の姿を想像していた明奈は、ドアから這い出て来る隣人の姿を見て意表を突かれた。床を這いながら明奈に近づいてくる女は、山吹色のドレスを着ていた。女の胸元には、白いユリの花のコサーシュがついている。友人の結婚式にでも出席してきたような衣装のまま、女は廊下を這い進み始めた。土気色の肌はひび割れ、とこどころに死斑が浮き出ている。死後硬直で固まっている口を無理に開いたのか、顎の関節がパキパキと音を立てている。隣の女は、今まさに顔を上げようとしていた。
「やばっ」
逃げようとしたが、足が硬直して動かなかった。このまま隣の女が顔を上げ、その腐敗した眼球が明奈を捉えたとしたら、恐怖のあまり明奈は気を失ってしまう。そうなったら、隣の女は自分をどうするのだろう?




