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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
プロローグ
3/202

魔王

勇者は真っ直(まっす)ぐに(やみ)の中を落下していた。


 奈落(ならく)へと続く竪穴(たてあな)は深く、どこまで落ちても先に光は見えなかった。どれほど落ちたのか分からなくなったころ、視線の先に(かす)かな光が見えた。針の穴を通して見るような小さな光の点は、時間の経過(けいか)と共に少しずつ大きくなっていく。


 下方(かほう)(あか)りが見えたことで、勇者は自分が頭から一直線に落下中であることを知った。上体(じょうたい)を起こし体を開くことで、風の抵抗(ていこう)が強まり、落下のスピードが少しだけ(おそ)くなった。共に落下していた数百匹のサラマンダーの死骸(しがい)をやり過ごし、勇者は呪文の詠唱(えいしょう)を始めた。


 魔術(まじゅつ)適正(てきせい)は、もともと(とぼ)しかった。自分を育ててくれた三賢者(さんけんじゃ)のひとりであるエンノオヅネは、勇者に魔術師としての適性(てきせい)がないことを早くから察知(さっち)し、魔法自体を教えるのではなく、魔法の成り立ちそのものを教えることにより、敵からの魔法攻撃(まほうこうげき)(かわ)(すべ)や、自分の能力を倍増(ばいぞう)させる補助系魔法(ほじょけいまほう)の応用を身に着けさせてきた。結果、勇者自身が(あつか)える魔法は(わず)か数種類しかなく、それも長大(ちょうだい)呪文詠唱(じゅもんえいしょう)を必要とする戦闘(せんとう)に不向きなものばかりだった。


 勇者が詠唱し始めたのは、自身の体に受ける物理(ぶつり)ダメージを軽減(けいげん)するマモリトの呪文だった。呪文を詠唱し終えると、勇者の体が緑色に(かがや)(うす)被膜(ひまく)(おお)われた。本来は敵の打撃(だげき)から身体を防護(ぼうご)する術で、高高度(こうこうど)からの落下の衝撃(しょうげき)に耐えるほどの効力(こうりょく)はない。このまま地面に激突(げきとつ)すれば、勇者の五体(ごたい)飛散(ひさん)する。




 終着(しゅうちゃく)である灰色の大地が(せま)ってきていた。(おびただ)しい数のサラマンダーの死骸が次々に地面に叩きつけられていく。


 体を地面と平行に保ったまま、勇者は左手を突き出した。(てのひら)を大地に向け、発生する強力なエネルギーの逆流(ぎゃくりゅう)を防ぐため、右手で左手の前腕を(つか)む。


「フロガエクリクシーィィ」


 叫びと同時に、左掌(ひだりて)から高温の火球(かきゅう)が放たれた。勇者が(あや)れる炎系の最大呪法(さいだいじゅほう)がフロガエクリクシーだった。錬成(れんせい)された超高温(ちょうこうおん)の火球は、大地に激突すると急激(きゅうげき)熱膨張(ねつぼうちょう)を起こし、音速(おんそく)を超える衝撃波(しょうげきは)(ともな)いながら爆風(ばくふう)拡散(かくさん)していく。


 錬成した火球は、落下地点(らっかちてん)折り重(おりかさ)なるサラマンダーの死骸を直撃した。火炎耐性(かえんたいせい)(すぐ)れたサラマンダーの皮膚(ひふ)でさえ一瞬(いっしゅん)に蒸発させた火球は、爆風を伴って煙突状(えんとつじょう)に伸びた空洞へと向かった。


 勇者は背負(せお)っていた白銀(はくぎん)(たて)を体の全面に押し出した。全身が盾に隠れるよう体を折りたたむと、()き上がる爆風の中に(かま)えた盾ごと突入(とつにゅう)した。爆風が重力に(さか)らって勇者の体を押し上げる。落下速度が(いちじる)しく落ちるのを感じた瞬間、勇者の体は盾ごと(かわ)いた大地に激突した。


 激突の衝撃の大半(たいはん)は盾が吸収してくれていた。北の永久凍土(えいきゅうとうど)から掘り起こされた氷と鉱石(こうせき)混合(こんごう)された特殊(とくしゅ)材質(ざいしつ)で作り上げられた盾だったが、落下の衝撃で(いびつ)変形(へんけい)してしまった。勇者の体は()ね上がり、灰色の大地を(はげ)しく転がった。




 回転(かいてん)が止まると、勇者は(ほこり)(まみ)れた体で立ち上がった。着地(ちゃくち)衝撃(しょうげき)で、(くちびる)を切っていた。盾で(ふせ)ぎきれなかった四肢(しし)の一部は、噴き上がってきた爆炎(ばくえん)のせいで、激しい痛みを伴う火傷(やけど)を負っていた。


 勇者が立ち上がった先に、岩石で作り上げた巨大な玉座(ぎょくざ)が見えた。広大(こうだい)()れ地の中央に()え付けられているように見えたが、天井の(しつ)えからして、そこが伽藍(がらん)であることがしれた。光など入らぬ地の底でありながら、伽藍の中は明るい。これももまた、魔王によって(ほど)された魔法なのかもしれない。


玉座には小柄(こがら)な老人が座り、勇者が落ちてきた空洞を見上げていた。


「あそこから落ちてきたのか」


 視線(しせん)を空洞の先に向けながら、老人が(たず)ねる。答えを欲していない、(つぶ)きに近い声だった。


「飛翔系の魔法や、得体(えたい)のしれない道具で降りてくるなら、いくらでも迎撃(げいげき)してやれたのだが」


 老人は埃塗(ほこりまみ)れの勇者をまじまじと見つめ、溜息(ためいき)をついた。


(さく)もなく、ただ飛び降りてきたか。想像以上におかしな奴だ」


「魔王か?」


 唇から零れ落(こぼれお)ちる血の(しずく)(ぬぐ)いながら、勇者は老人の前に立った。


 老人は答えず、ただ勇者を見つめている。


「もう一度問う。魔王か?」


 勇者は左右の腰に差した(さや)から二振りの刀を引き抜いた。(つか)の無い半円形(はんえんけい)の刀は日本刀というより、古のエチオピアの剣、ショーテルに近い形状(けいじょう)を持っていた。


玉鋼(たまはがね) 眉月(まゆづき)有明(ありあけ)か。父と子が互いを殺すために作り上げた憎悪(ぞうお)の刃を両手に(かか)げ、わしの前に立つか」


 うれしそうに(めく)り上がった老人の唇から、オオカミを思わせる巨大な牙が(のぞ)いた。


「返事がなければ魔王とみなす。ご老人、よろしいか?」


「せわしいの。会話を楽しむ余裕(よゆう)もないか」


 笑みを浮かべたまま、老人が玉座から立ち上がる。


「わしが魔王だとしたら、主はわしをどうする気だ?その二振(ふたふ)りでわしを殺すか?」


「魔物の進軍(しんぐん)を止め、元いた場所へ帰るというなら、あなたのこれまでの行いには目を(つむ)る」


「それは素晴(すば)らしい」


 (はげ)しく両手を打ち付け、老人は声を上げて笑い始めた。


「百を()える村を焼き払い、数千もの人間どもを殺したわしを、お前は(ゆる)すというのか?貴様(きさま)らの土地を(けが)し、不毛(ふもう)の大地に変えてやったことも、貴様を育てた、あの忌々(いまいま)しい三賢者(さんけんじゃ)皆殺(みなごろ)しにしてやったことも全て忘れて、貴様はわしを許すというのか?」


「これ以上の殺戮(さつりく)は望まない。魔物といえど(いか)りも(かな)しみを持っているのだろう?われらも多くの魔物を殺した。ここで引くというのなら(いた)み分けだ」


「本気でいってるのか?」


 勇者は二振りの刀を(さや)(もど)した。


「本気だ」


 老人は目を伏せ、何かを考えるように(うつむ)いた。


「本気でいっているのなら」


 顔を上げた老人の(するど)い視線が勇者を(とら)えた。


「貴様は大馬鹿だ」


 老人がそう告げると、広大な空間を持つ魔王城の天井の一部が大音響(だいおんきょう)と共に(くず)れ落ちた。瓦礫(がれき)粉塵(ふんじん)撒き散(まきち)らせながら、勇者の頭上へ降り注(ふりそそ)いだ。


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