観察者
「つまんねーの」
チャオが地団駄踏んで悔しがっている。ミカからすると、成果は上げていないが予想外の相手が現れたのだから、それは仕方のないことだ。なかなか面白い見世物だったのだが、それをチャオに教えてやる必要も無かった。
「ミカ、怒ってる?」
上目遣いにチャオがミカを見る。少女のような外見だが、二十歳を過ぎた大人の女だ。髪の毛を水色に変えているのは、清楚系を意識しているからだと嘯いていた。ミカには清楚系というものが理解できないが、どうせ胸糞悪くなるものだろうと思って、チャオに訊ねたりはしなかった。
「怒ってなんかいませんよ。ただ、彼らから足が付くことはないのでしょうね?」
「それは絶対にないけれど、だけどあいつら、誰も殺してないよ」
「銃を使って人を殺すことに抵抗があったみたいですね。この国では銃を持つことが禁じられているから、その辺がネックになったのですね」
「せっかく、いい武器揃えてやったのに」
「出所は米軍ですか?」
「そっ。基地からちょろまかしてきたの」
目を伏せ、ミカは思案した。顔を上げると、チャオの姿が若い米兵に変わっていた。
「サー、イエッサー」
米兵がミカに敬礼する。
ミカは目を閉じ苦笑した。目を開けると、米兵はチャオに戻っていた。
「米軍を相手にするのは今後は控えて下さい。彼らは、わたしたちの存在に気づいている可能性がある」
ミカは再び視線を北に向けた。種を植え付けた木偶に話しかけた、妙な格好の男。木偶に家族を殺すと脅しをかけることで、木偶の精神支配度を計ったのかもしれない。だとしたらあの男は、ミカが使う術の存在を知っていることになる。
「解りましたか?」
チャオに目を向けると、チャオは再び米兵の姿に変わっていた。
「サー、イエッサー」
金髪で青い目をした若い米兵だった。
「なんでまたその姿になったのですか?」
「ミカはこういうのが好みかなって思って」
呆れて溜息をついた。
「わたしは男ですよ。理解していますか?」
口を尖らせた米兵の姿がチャオに戻っていく。
「だってぇ、ミカったら全然チャオのこと構ってくれないからさ。ひょっとしたらこっちが趣味かなって思ったんだもん」
本来の赤い瞳で、チャオがミカを見つめる。人間の男なら、チャオの容姿に惹かれないものは少ないだろう。だがミカは、チャオのやっかいな性癖を知っていた。相手をいたぶり、身も心も切り苛むことでしか喜びを得られない倒錯した人格を持つ、天使のように愛らしい小悪魔。それがチャオこと林美晴だった。
「冗談は大概にして下さい。それより、早急に新しい木偶を用意してください。まだ、わたしの術は不完全なようなのでね。実験に使う木偶は必要なのですよ」
「ミカ、なんかアミバみたい」
「アミバって誰です?」
「いい。説明するの面倒臭いから。じゃあまた連絡するね」
小鹿のように駆け出すと、チャオは柵を飛び越え、その先に飛び降りていった。ミカが注意する暇も与えないほどの素早い動きだった。
「やれやれ」
何度目かの溜息をつき、ミカはドアに向かって歩き始めた。地上200メートルのビルの屋上から飛び降りる姿を目撃されたら、ちょっとした騒ぎになる。尤も、このビルの敷地のどこを探しても、チャオの死体など見つかりはしない。同じことはミカにもできたが、ミカが戻るのは25階にある社長室だったから、柵を乗り越えて飛び降りるより、エレベーターを使ったほうが早かった。




