人質
アスファルトの落ちたショットガンと短機関銃を、南条が足で踏み砕いていく。南条が足を踏み下ろすたびに、先程と同じように大地が縦揺れを起こした。
軽々と赤髪とマシンガン女を抱き上げた南条が、二人を抱えたまま奈緒の前に歩いてきた。
「ケガはありませんか?」
南条の声を聴いた瞬間、安堵のあまり奈緒はその場にしゃがみこんでしまった。声を上げて泣き出したいが、警察官である自分が弱音を上げるわけにはいかない。
「大丈夫。あなたは?」
赤髪とマシンガン女を降し、脈を診ていた南条が奈緒に向かって笑顔を見せた。
「ありがとう。わたしは大丈夫だ。この二人も、命に別状は無い」
南条が差し出した手を握り、奈緒は立ち上がった。熱いアスファルトの上に膝をついていたせいで、膝から脛にかけて軽い火傷を負っていた。
「この二人を逮捕します」
手錠で、奈緒は赤髪とマシンガン女を拘束した。目出し帽を剥ぎ取ってみると、赤髪同様、マシンガン女もあどけない顔をしていた。
「あの、ちょっといいですか?」
覆面パトから明奈が声を上げた。
覆面パトの後部座席に挟まっている明奈の頭に、拳銃が突きつけられていた。三人目の目出し帽だった。
「すみません。ちょっと大ピンチで」
明奈の視線の先には、覆面パトから流れ出たガソリンが溜りを作っていた。ショットガンの弾丸が、覆面パトの燃料タンクに穴を空けていたらしい。
「近づくな」
男の声だった。
「近づいたら、この女を殺す」
目出し帽を脱ぎ去り、男が素顔を晒した。髪の薄い、うらぶれた中年男だった。
「車を用意しろ。金と車だ」
前に出ようとした奈緒を、南条が押しとどめる。
「できないといったら?」
「この女を殺す」
南条が明奈に視線を向ける。
「彼女はわたしの大切な友人だ」
「だったら要求を聞け。金と車だ」
「言うことを聞けば、彼女が助かるという保証はあるのか?」
中年男の顔にとまどいが浮かぶ。
「嘘はつかない。人質の安全は保証する」
「信じられない。逃げた先で、きみは彼女を殺すんじゃないのか?」
「今殺したっていいんだぞ。見たいのか?」
「彼女を殺せば、わたしがきみを殺す。彼女への弔いとして、きみの家族と友人も殺す」
「何言ってるんだ、お前。家族は関係ないだろう?」
中年男の顔に動揺が走る。
「家族がいるのか。気の毒だな。苦しめはしないと約束するが、事情は説明する。きみのせいで死ぬんだとな」
男の顔から血の気が引いていく。
「ふざけるな」
中年男の持つ銃が、南条の胸に狙いを変えた。怒りのあまり銃を持つ手が震えている。
「お前じゃ話にならない。警官だ。警官を呼べ」
男はポケットの中からオイルライターを取り出し、火を点けた。銃を南条に向けたまま、左手に持ったライターを翳す。
「お前を撃ち殺し、おれはこの女と共に死ぬ。これならどうだ?お前も女も死ねば、おれの家族は無事だ」
「すまなかった。今のは冗談だ」
南条が朗らかに笑う。明奈や奈緒だけでなく、銃を持つ中年男の顔にすら安堵が広がる。
「ちょっとした時間稼ぎだったんだ。悪かった」
中年男の顔に疑念が浮かぶ。
「時間稼ぎ?何のために」
「友が来るまでの、だ。思ったより早かったな」
南条の視線が中年男の足元に向く。南条の視線を追った男の眼が、足元に転がる特殊閃光弾を捉えた。
「なんだ、これは」
爆音と閃光が周囲を包み、辺り一面が白い闇に閉ざせれた。
奈緒はゆっくりと目を開いた。SATの隊員が中年男を取り押さえていた。奈緒が手錠をかけた二人も、SATの隊員が取り囲んでいる。
道路の中央で呵々大笑しているのは、真庭だった。
「よく耐えたな。キャリアの姉ちゃん」
真庭が奈緒の肩を叩く。言い返そうとしたが、明奈のことを思い出し、振り返った。
「オサカベさん」
SATは覆面パトから漏れていたガソリンに気づき、誘爆しない場所を狙って特殊閃光弾を投げ入れたのだろうが、中年男が手にしていたオイルライターには気づいていなかった。オイルライターが地に落ちていたら、明奈は火だるまになってしまう。
明奈の前に、南条が横たわっていた。南条の右手には、まだ火が点いたままのオイルライターが握られている。特殊閃光弾が炸裂すると同時に、南条はホームベースにスライディングするように明奈の元へ飛び込み、オイルライターをキャッチしていた。




