楯
「なんだ、お前。鬼太郎か?」
赤髪が南条を見て喚いた。袖無しの縞模様の半纏が似ているのか、サブマシンガンが声を上げて笑い出す。
「で、お前なんなの?妖怪退治?」
マシンガンが笑ったことに気を良くしたのか、赤髪が続ける。
「子供だな」
南条が呟く。その呟きが聞こえたのか、赤髪が再びショットガンを構えた。
「ひとつ訊ねたい」
南条が赤髪に声を掛けた。
「ねこ娘なら昨日轢き殺しちゃったよ。急に飛び出してきたもんだからさ」
赤髪の答えに、サブマシンガンが甲高い声で笑う。目出し帽とボディアーマーで判らなかったが、サブマシンガンは女だ。
「きみたちは、なぜ逃げないんだ?」
南条の問いに、赤髪とサブマシンガン女の笑い声が途切れる。呆けたように立ち尽くした二人は、互いの顔を見合わせた。
「金が目的なら、逃げればいい。こんなところで戦いを始めることに意味はない。増援の部隊が駆けつける前に、なぜ逃げ出さないんだ?」
「なぜって」
赤髪の虚ろな目が宙を彷徨う。
「妙な気分だ」
南条が赤髪から顔を背けながら歩を進める。近づいて攻撃をするには遠すぎる位置だが、南条は赤髪との距離を詰めている。
「きみたちを見ていると、魔王から精神支配を受けた人たちを思い出す」
奈緒は南条の言動の全てを、厨二病男の痛い小芝居だと思っていた。だが、死を目前にしたこの状況で、自分を殺そうとする相手に向かって芝居を続ける理由はない。おそらく南条は、本気で自分が異世界からの転生者だと信じている。だとしたら危険だ。南条は眼前のショットガンの恐ろしさをまるで理解していないことになる。
「お前、なんなんだよ。頭イカれてるのか?」
赤髪がショットガンの銃口を南条に向ける。
「感情の起伏が激しくなる。自分の身も顧みない狂暴さを剥き出しにする。魔王に精神支配された人間の特徴だ」
「うるせぇよ、お前。もう死にな。おやすみ」
伏せてと叫んだ奈緒の声が、地響きに掻き消された。地震を思わせる強い縦揺れが辺りを襲い、明奈を乗せた覆面パトが地面から10センチほど浮き上がるのを奈緒は見た。
次に響いたのはショットガンの銃声だった。赤髪は南条に向けてショットガンの引き金を引いた。
至近距離から、バックショットと呼ばれる鹿用大粒散弾を撃ち込まれれば即死を免れない。南条が生きているはずはなかった。そして南条の背後にいる自分も致命傷を負ったはずだと、奈緒は自分の体に目を向けた。
出血はどこにも無かった。南条も立っている。
南条はその手に、丸い円盤を持っていた。黒鉄でできた円盤を、盾のように翳しショットガンの弾丸を防いでいた。言葉を掛けながら巧みに赤髪との距離を詰めていたのは、ショットガンの散弾パターンを予測した上での行動だったのかもしれない。
あの盾はどこから現れたのか?南条の言葉通り、南条は異世界からの転生者で、何か特別な力で盾を取り出したのだと奈緒は信じかけた。だがその考えは、南条が手にした盾の表面に描かれたイラストを目にしたことで霧散した。盾には、区のマスコットキャラクター、ねるねるちゃんのイラストが描かれていて、その下に水道局の文字が刻印されている。
「マンホール」
思わず口にしてから、奈緒は南条の足元に目を向けた。南条の足元、アスファルト道路の一部に丸い穴が空いていた。強い踏み込みで振動を起こし、マンホールのフタを浮き上がらせてキャッチし、盾としてショットガンの銃弾を防いだ。不意に現れたのは魔法の盾でもなんでもなく、足元に埋まっていたマンホールのフタだった。
「てめぇ」
喚いた赤髪が再びショットガンを構えた。だが、南条はすでに赤髪の目の前に移動し、両手で持ったフタで赤髪の横っツラを叩いた。一撃で昏倒した赤髪の体が、アスファルトの上を転がっていく。
「あきちゃん!」
倒れた赤髪に向かってマシンガン女が叫んだ。銃口を向けようとしたマシンガン女の腹に、南条が投げたマンホールのフタが直撃した。体をくの字に曲げ、マシンガン女が悶絶する。
「信じられない」
目の前で起きた光景だが、奈緒は自分の見たものが信じられなかった。地下から水が溢れ出た場合を想定して、マンホールのフタは一部を固定し、穴が剥き出しにならないよう配慮されている。いくら衝撃を加えたところで、地上数十センチまで浮き上がるはずがない。
奈緒は、マンホールのすぐ脇に足跡がついているのを見つけた。アスファルトに穿たれた真新しいその足跡は、革靴で踏みつけられてできたものだ。アスファルトは窪み、マンホールを固定していた金具は千切れていた。
機捜では、犯罪現場に残る犯人の足跡を見つけ保持する関係上、足跡鑑定については、奈緒は一角の知識を持っている。奈緒が見た限り、大きさと形状から判断して、アスファルトの足跡は南条の履いている革靴であることは間違いない。




