火竜
サラマンダーの群れは、接近する黄金の龍を視認すると、それぞれが叫びを上げ、同族である巨大な龍目掛けて殺到した。共食いも辞さない旺盛な食欲を持つ魔竜たちにとって、自身の何倍もある黄金の龍は食べ応えがある獲物にしか見えないようだ。
「雑魚どもが」
餓狼のように群がるサラマンダーを見て、吐き捨てるように金龍が呟く。
「凄い数だな。大丈夫か?」
金龍の首筋に移動してきた勇者が龍の耳元で叫ぶ。
「手こずるようなら手を貸す。遠慮なく言え」
「何を言わせたい?お前ごとき人間に、龍の王たるこのおれが助けを求めるとでも思ったか?」
「そうか。だったら任せる」
何事も無かったように、勇者は金龍の首筋に腰を下ろし、胡坐をかいた。
「速度を上げる。落ちるなよ」
顎を開き多量の酸素を取り込んだ黄金龍の体が一回り大きく膨らむ。次の瞬間、金龍が凄まじい咆哮を上げた。周囲の空間が歪み、衝撃波を発生させるほどの雄叫びだった。
加速した金龍がサラマンダーの群れに突入する。群がるサラマンダーが金龍の体に牙を立てる。全身をサラマンダーに纏わりつかれながらも、金龍は構わず飛行を続けている。
サラマンダーの一匹が、首筋に胡坐をかく勇者に向けて顎を突き出した。勇者の頭を噛み砕く直前、サラマンダーの下顎から頭頂部にかけてを、勇者の剣が貫いた。何事も無かったように剣を引き抜くと、動きを止めたサラマンダーは、金龍の体をずり落ちていった。
「襲われた」
勇者の呟きに、金龍が笑う。
「退屈しのぎになったであろう?」
全身を覆ったサラマンダーの群れを意に介せず、金龍は魔王城へ一直線に向かって行く。
「おれの体毛を掴め。少し手荒にいくぞ」
金龍の首筋に生える、手綱ほどの太さがある金色の体毛の一本に、勇者は手を掛けた。
金龍の全身に蒼白い稲光が走る。龍の首筋の肌の一部が隆起し逆立っていくのを、勇者は不思議な面持ちで眺めていた。
爆発したように閃光が弾け、金龍の全身を覆った。龍の体に喰らいついていたサラマンダーの群れの動きが一斉に停止する。
勇者は直近にいたサラマンダーの顔を覗き込んだ。サラマンダーの体には傷ひとつついていなかったが、赤黒いサママンダーの目は白く濁り、眼球は焼け焦げていた。
龍が放った閃光の威力は、密着していたものだけでなく、周囲を飛び交うサラマンダーにも及んでいた。龍の半径五十メートル付近にいたサラマンダーたちは、その場で動きを止め、声ひとつ上げずに地上へ向けて落下していった。
「凄いな。何をした?」
「体内の水分を蒸発させた。奴らはおれの逆鱗に触れたからな」
隆起した首の鱗が、静かに戻っていく。
「凄まじい技だ。でもどうしてわたしは生きている?」
「おれの体毛を掴んでいたからだ。おれの体毛はあらゆる魔法効果を無効にする」
勇者は左手で掴んでいる金色の体毛を見つめた。
「便利なものだな。一本抜いていいか?」
「断る。禿げたらどうする」
軽口を叩いていられたのはそこまでだった。魔王城上空で滞留するサラマンダーの第二陣が、龍を取り巻くように飛行し始めた。遠巻きに取り囲み、口から吐き出す炎で龍と勇者を炙り殺す構えだ。
「さっきのあれ、もう一度放てるか?」
立ち上がりながら勇者が尋ねる。
「当たり前だ。何度でもやれるぞ」
「そうか。なら、魔王城の上空に達したら、もう一度頼む。そこからは自分で行く」
閃光を放ったあと、金龍の飛行速度が僅かに落ちたことに勇者は気づいていた。年老いた金龍は、言葉とは裏腹にかなり疲弊しているはずだった。
「わたしが撃てといったら、わたしに構わず撃ってくれ。頼んだぞ」
「おれから離れたら、お前も身体の内部から焼かれるぞ」
「お前の言葉を信じるなら、わたしは大丈夫だ」
掴んだ龍の髭を、勇者は力任せに引き抜いた。金龍が痛みに唸り声を上げる。
「貴様!」
「貰っていく。次に会ったときに、わたしの毛を一本むしり取るといい」
そういうと勇者は、龍の顔から空中へと跳んだ。重力に引かれ自由落下していく寸前で、勇者の足が突進してきたサラマンダーの鼻先を踏みつける。腰の帯革から二振りの刀を引き抜いた勇者は、着地したサラマンダーの首を刎ねると、すぐに隣を飛んでいたサラマンダーの背に飛び移り、二匹目の延髄を刺し貫いた。
魔王城上空に滞留していたサラマンダーは二百を超えていた。勇者は飛翔しているサラマンダーの背から背へと次々に乗り移り、鋼の剣すら弾くといわれたサラマンダーの皮膚を切裂いていく。
背から背へ飛び移る勇者のせいで、密集していたサラマンダーの群れはパニックを起こしていた。勇者に向かって炎を吐けば、既に勇者は移動していて、サラマンダー同士が互いに向けて炎を吐きあう結果となった。もともと連携の取れていない怪物の集団は、互いに咬み合い、殺し合いを始めていた。
「そろそろだな」
サラマンダーの背を走りながら、勇者は眼下に望む魔王城へと視線を向けた。魔王城の中央には、巨大な空洞が広がっていた。空洞は垂直に魔王城の最深部まで続いており、魔王はそこでサラマンダーを始めとする魔物を創造しているとのことだった。情報の真偽は定かではなかったが、情報をもたらした黒狼の騎士の言葉は信じていた。黒狼の騎士は、化物の巣の中央までいけば、そこには必ず魔王がいると言っていた。
「龍の王、撃て!」
声を限りに叫ぶと、勇者はサラマンダーの背から何もない空中へと跳んだ。飛翔系の魔法など全く使えない勇者の体は、真っ逆さまに魔王城の空洞へと落ちて行った。
落ちていく勇者目掛けて、凄まじい数のサラマンダーが襲い掛かってくる。ガチガチと鋭い歯を咬み鳴らしながら、サラマンダーの群れが勇者の体に喰らいつこうとひしめき合う。
再び閃光が弾けた。数千の青い稲妻がサラマンダーの体を貫いていく。勇者の体にも稲妻は届いたが、青く輝く水のように体表を流れ落ちていくだけだった。音も無く落下していくサラマンダーの死骸に囲まれながら、勇者は懐に忍ばせた金龍の体毛に触れた。
「ありがとう。助かった」
漆黒の奈落に落下しながら、勇者は右手を振り、金龍に別れの挨拶をした。