投降
ルームミラーの先に、サブマシンガンが見えた。倒れているショットガンの男の傍らに膝をつき、その肩を揺すっている。
「撃たれたのかよ、おれ。マジ最低だぜ。クソっ」
ルームミラーの中で撃たれた男が立ち上がるのを観て、奈緒は慄然とした。よろけながら立ち上がった男は、乱暴に目出し帽を脱ぎ捨てると、ショットガンを掴んで喚き始めた。
「ぶっ殺してやる。てめぇ、頭吹き飛ばしてやる」
赤髪の若い男だった。20代前半か、ひょとしたら10代かもしれない。奈緒がはなったM360Jの弾丸は、間違いなく男の胴に着弾したはずだから、犯人グループは防弾アーマーを着用している。
たて続けに銃声が響いた。ルームミラーは砕け、ヘッドライトが吹き飛ぶ音がした。タイヤが破裂したのか、覆面パトの車体が落下し、車内が激しく震えた。
「冗談じゃない。今日死ぬんだったら、もっと鍋島さんに触っておくんだった」
鍋島さんは飼っている猫の名前だった。死に瀕して思い出すのが飼い猫だとは、我ながら情けなくて思わず笑みが出た。泣き喚いて命乞いするよりはましだろうと思うと、引き攣った笑い声さえ漏れてくる。
「鍋島さんって、彼氏さんですか?」
後部座席から届いた声は、奈緒の心臓を凍りつかせた。椅子の隙間から後部座席を見ると、座席の間に挟まるように縮こまっている明奈と目があった。
「あなた、なんで逃げなかったの?」
真円に近いほど丸くした目で、奈緒は明奈を見た。いたずらを見つかった子供のように、明奈はペロリと舌を出した。
「腰が、抜けちゃったみたいで」
奈緒は明奈の言葉を最後まで聞いてはいなかった。ひとりで死ぬならともかく、民間人を巻き添えにして死ぬとなると話は別だった。明奈を助けるため車外へ出て、男たちの注意を逸らさなければならない。
「鍋島さんは、わたしが飼ってる猫なの。2才の男の子。わたしが死んだら、保護施設へ連れて行ってあげてくれる?」
遺言まで猫の話だ。もう笑うしかなかった。
「鍋島さん、去勢済ですか?」
「うん、そうだけど」
「だったらうちで飼っちゃダメですか?うち、ネコ2匹いるんです。ふたつともおばあちゃんだから、お父さんも喜ぶだろうし」」
「鍋島さんね、キャベツが好きなの。煮干しよりもキャベツ」
「煮干しよりキャベツ」
これで思い残すことはなかった。明奈に微笑むと、奈緒は覆面パトのドアを開けた。
「降参するわ。撃たないで」
ショットガンを構えた赤髪が、車から出てきた奈緒を見て口笛を吹いた。
「びっくりだぜ、いけてるじゃん」
奈緒がリボルバーをアスファルトに置くと、用心深く向けていたサブマシンガンも銃口を逸らした。
「おねぇさん、いくつ?」
赤髪がおどけた口調で尋ねる。
「22、あなたは?」
「タメ、タメだよ。ほんと、驚いちゃうよな」
実際は26歳だが、赤髪に合わせて年齢を引き下げて言ってみた。共通項を見つけて、赤髪が奈緒に興味を持ってくれれば、生存率は高まる。
「22歳かぁ。かわいそうだね」
赤髪がこれ見よがしにショットガンをコッキングする。
「出会ってすぐに別れるのはつらいけど、ごめんな。お前、俺のタイプじゃねぇわ」
片手で掴んだショットガンを奈緒の顔に向け、赤髪が薄ら笑いを浮かべた。もうじき尽きる命を察して、奈緒は目を閉じ首を竦めた。
「あれは、武器なのか?」
低いが、良く通る声だった。聞いた途端、全身があたたかくなるような、落ち着いた声だった。
奈緒の左に、南条が佇んでいた。袖の無い青縞の半纏に半ズボンという、あの間抜けな恰好のまま、南条は奈緒の隣に並んでいた。
「先端の円筒部から、無数の礫が打ち出されるのか。肉眼では捉えられないほどの高速で」
南条はショットガンの銃口を興味深そうに眺めている。その挙措には、動揺など微塵もない。
「あなた、殺されるわよ」
南条を押し退けようとしたが、南条の体は根が生えたように動かなかった。
「殺されるって、それはあなたも同じではありませんか?」
奈緒に向けて南条が微笑んだ。死を前にしてすら、奈緒が頬を赤らめるほど自然な微笑みだった。
「あなたはわたしの友人を助けるために、命を賭けてくれた」
パトカーの後部座席に挟まっている明奈に、南条は視線を向けた。南条と目が合った明奈は、南条に向けてVサインを見せた。
南条の視線が、明奈から奈緒に向かう。
「だからわたしも、あなたのために命を賭ける」
在るか無きかの笑みを口元に湛え、ショットガンの銃口を遮るように南条が奈緒の前に立った。




