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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第一章 勇者降臨
17/202

任意同行

 「そこまでだ。やめぃ!」


 店が(ふる)えるほどの声だった。殺気だった隊員たちが一瞬にして正気に戻るほどの威厳(いげん)威圧(いあつ)が含まれた、真の指揮官の一喝(いっかつ)だった。


 倒れた真庭の脇に、川窪奈緒が立っていた。


「お遊びは終わりだ。この男を片付けろ」


 奈緒の黒いパンプスが、倒れている真庭の腹を蹴りつける。痛みに呻いた真庭が薄く目を開くと、タイトなスカートの奥が見えそうだった。


「わたしが責任者だ。この騒ぎについて、何か言い分があるなら聴こう」


 目を開いた真庭の顔を踏みつけながら、奈緒が男を指差す。


「あなたが指揮官か?」


 何事もなかったような声で、男が問いかける。女である奈緒が指揮官であることへの驚きや疑念は、男の表情からは伺えない。事実を受け入れる自然な瞳で、男は奈緒を見つめていた。


「きみの目的は何だ?なぜ、こんな騒ぎを起こした?」


 男の問いには答えず、奈緒は畳みかけるように言葉を()いだ。


「答えられなければ、強盗犯として拘束する。それでよろしいか?」


 男の眼がまっすぐに奈緒を見つめていた。その表情には(あせ)りも恐怖も浮かんではいなかった。男の瞳に浮かんでいたのは、道に迷った子供が見せるような困惑だった。


「ここがどこなのかわからない。わたしのいた世界とは、あまりにかけ離れていて、どうしていいのか解らなかった。迷惑をかけたのなら謝罪します」


 床に片膝をつき、男が目を伏せた。奈緒の頬が赤らむほど、男の所作(しょさ)は自然で、洗練されていた。


「でも、あなたは凶器を所持して人を脅した。そうでしょう?」


「違います!」


 叫びに近い声を上げたのは、カウンターの後にいた若い女だった。


「この人、南条さんは何もしていません。南条さんは、わたしに包丁をプレゼントしてくれただけです」


「ナンジョウ、あなたは南条というの?」


 奈緒は男に目を向けた。男はゆっくり立ち上がり、奈緒を見下ろして微笑んだ。


「そのようです。わたしが借りているこの体の名は、ナンジョウというらしい」


 カウンターから出て来た若い女が、南条の横に立つ。


「あなたは、南条さんの知り合いなの?」


 コンビニの制服を着た若い女は、勢いよく首を左右に振った。


「名前は知ってました。でも、お話ししたのは今日が初めてです」


「初めて話した男が、()き出しの包丁をプレゼントしてくれたっていうの?」


「道を教えてもらった礼のつもりだった。他に何もないのでな」


 南条が若い女に微笑むと、女もうれしそうに笑い返した。


「つまり、あなた達はほとんど初対面で、あなた」


「オサカベ、アキナといいます。高跳西高(たかとびにしこう)2年です」


 はきはきと明奈が名乗る。明奈の名前を聞いた南条が、明奈に向かって南条ですと自己紹介をしている。


「アキナさんね。あなたはこのナンジョウさんを知っていた。でも話しをしたのは今日が初めてで、道を(たず)ねられたから教えてあげたら、南条さんから包丁を貰った。これで間違いない?」


「ええ。でもただの包丁じゃなくって、聖剣(せいけん)万能包丁(ばんのうほうちょう)といって」


 カウンターの上に置いてある包丁に手を伸ばした明奈を制止し、奈緒は溜息を吐いた。


「複雑すぎて話が見えないわ。よかったら、二人とも署で話を聞かせてくれないかしら。もちろん、逮捕じゃなくて任意の事情聴取だから、嫌だったら無理強いはしないけれど」


 半分は罠だった。力尽くで南条を連行しようとすれば、再びSATを交えた大乱闘を繰り広げなければならない。明奈と共に署に連行してしまえば、あとはどうにでもなる。それに明奈の話が真実なら、南条を逮捕したところで起訴はできない。


「オサカベさん、協力してくれる?」


 明奈は南条の顔を伺った。南条は明奈に向かって頷く。


「わかりました。協力します」


「良かった。南条さんもそれでいいのね」


「構いません」


 奈緒は(うなず)き、ふたりに背を向けた。


「ついて来て」


 奈緒の言葉に、南条と明奈は従った。


「待てぃ」


 コンビニの入口に、真庭が立ち塞がっていた。


「桃缶なんざ投げつけやがって。勝負はまだついてないぞ」


 アイシング用のアイスバッグを額に押し付けたまま真庭が怒鳴る。真庭を睨みつけた奈緒を制止するように、南条が真庭の前に進み出た。


「卑怯なまねしやがって。もう一度勝負だ」


「その必要はありません。今のわたしの力では、あなたに格闘で勝つことは不可能です」


「なんだと?お前、負けを認めるのか?」


「闘って勝てるなら、(つぶて)を打ったりはしません。あなたを倒す方法はあれしかなかったからそうしたまでです」


 拍子抜けしたように、真庭の体から力が抜けていく。


「そうだよな。うん、おれも驚いた。なにせ桃缶だもんな」


「桃缶とは、わたしが投げたあの金属ですか?」


「そうだよ。桃缶だ。喰ったらうまいんだぞ」


「あれは食べ物だったのですか。そうですか。それはもったいないことをしました」


 南条と真庭が同時に笑った。奈緒には理解できない共感の仕方だった。


「いい勉強になったよ。若いの」


 南条の肩を叩くと、真庭は背を向け、敬礼するSAT隊員たちに見送られながら、指揮車へと戻って行った。


「あの車に乗ってくれる?」


 奈緒は駐車場に停車したパトカーを指し示した。


「これは、馬車なのか?」


 珍しそうにパトカーを眺めながら、南条が(たず)ねる。


「馬では引かないから馬車ではないわね」


 奈緒は南条にも判るように大きな溜息をついた。


「ねぇ、そのお芝居ってまだ続きそう?いい加減疲れてきたんだけど」


「すまない。まだこの世界のことが良く解らないんだ。迷惑をかけるが、もう少し付き合ってほしい」


「なるほどね。じゃあ、ともかくこの魔法の箱の中に入っていただけます?」


 南条は頷き、パトカーの後部座席に乗り込んだ。続いて乗り込もうとした明奈を、奈緒が制止する。


「あなたはわたしと一緒に別の車に乗ってもらうわ」


 南条を後部座席に乗せたパトカーが走り出すのを確認してから、奈緒は明奈を乗せた覆面パトを発進させた。



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