凶弾
SAT隊員となるための選別は厳しく、過酷な訓練を課される機動隊員の中でも特に優秀な成績を収めたものの中から入隊希望者を募り、半年に渡る訓練を経たのちに行われる選抜試験を突破した者のみが新隊員として採用される。
彼らは体力、知力、精神力は勿論、武術、射撃、応急処置から爆発物処理など多岐に渡る訓練を施されており、全国29万人の警察官の中でも特に優秀な人材を集めた精鋭部隊である。
その精鋭部隊を率いる真庭は、自衛隊高等工科学校卒業後、敢えて警察学校へ入学し警察官となった異色な経歴の持ち主である。高等工科学校時代に叩きこまれた自衛隊式の格闘術をベースに、逮捕術のエキスパートとして機動隊教官、SAT教官を歴任した近接戦闘のエキスパートだ。その訓練の苛烈さから、機動隊教官時代は鬼の真庭、SAT教官である現在はマジぱねぇ鬼真庭と呼ばれ恐れられている。
現場にいるSAT隊員たちは皆、近接戦闘における真庭の強さを嫌というほど知っていた。各々が何等かの武道、格闘技のエキスバートであるSAT隊員たちから見ても、真庭の強さは計り知れないものだった。
アサルトスーツを脱ぎ捨て、ケプラー素材の防弾着を取り払い、真庭は男の前に立った。男に倒された四人の隊員は真庭の姿を見ると、避難するように男から離れていった。
狭い通路に立つ真庭は、カウンターを背にして立つ男と対峙した。
「銃を手にしなかったのは賢明だ」
隊員の手にするMP5を見ながら真庭は呟いた。
「銃に手を掛けていたなら、容赦なく射殺していた」
白のランニングシャツ姿になった真庭の肥大した首筋の筋肉が音を立てた。
「見たことがない技だった。古武術か、中国拳法を使うようだな」
聞こえているのかいないのか、男は真庭に目を向けたまま微動だにしない。
「あなたが指揮官ですか?」
男が声を上げた。よく通る落ち着いた声だ。
「そうだ」
近くで見ると、男の姿の珍妙さが際立った。袖の無い青い縞模様の半纏に半ズボン、足元に落ちているのは先程まで男が腰に縛っていたカーテンの切れ端だ。見事な体術を見せていなければ、頭のいかれた変質者としか思えない格好だ。半纏から垣間見える腹筋は見事なほどに割れていて、全身が無駄のない筋肉で覆われているのは想像に難くない。男は身長こそ真庭より高かったが、体重では20キロは下回っていると見当をつけた。
「あなたが指揮官だというなら、あなたと闘うわけにはいかない。あなたを倒してしまったら、この場を収める者がいなくなってしまう」
「安心しな。おれの後ろにいる可愛いお嬢ちゃんがあとは引き受けてくれるってよ。それにな」
息を吸い、丹田(へそ)に意識を集中しながら、真庭は腰を落とした。
「おれを倒したらっていうのは仮定の話だ。もしもの話が好きなら、おれからも言わせてもらう。お前は今からおれにぶちのめされ、今日の夜は豚箱で過ごすことになる」
真庭は丹田に集中した気を、背骨沿いに上下に這わせていった。これにより七つのチャクラが開放され、真庭の全身から七色のオーラが溢れだした。
「それは」
男の顔に驚嘆が浮かぶ。真庭の全身から迸るオーラが、男には見えているようだ。
「見えるか、これが」
「初めて見る魔法だ。身体強化ですか?」
「魔法かよ。確かに魔法みたいなものだな」
格闘の訓練に明け暮れていたある日、突然このオーラに気がついた。色々と調べていくうちに、ヒンドゥーヨーガのチャクラに行きついた。身体エナジーと呼ぶべき力を自在に操ることができるチャクラの開放は、確かに魔法じみた身体能力を真庭にもたらした。
「行くぜ」
真庭の戦法は決まっていた。大振りの右フックを男の顔面に放つ。当たっても当たらなくても構わない。男の上半身が伸び切ったところで、胴タックルで床に倒し、顔面を中心にパウンドを見舞う。短期決戦を狙うならこれしかなかった。
低い体勢から、真庭は一気に男との間合いを詰めた。強靭な下半身があってこそ可能な驚異的な移動速度で、真庭は男との距離を詰めた。
パカーンという小気味よい音がした。同時に真庭は、自分の視線が天井を捕らえていることに気づいた。一拍遅れで、額に強烈な痛みが走る。頭上から茶色い液体がシャワーのように真庭の顔に降り注ぐ。
天井付近に、茶色の液体をまき散らしている小型の缶が見えた。混乱していた真庭の思考が焦点を結んだ。あろうことか、男は突撃する真庭の額めがけて、缶コーヒーを投げつけたのだ。
「お前、卑怯な」
神聖な男同士の一騎打ちだったはずなのに、缶コーヒーを投げつけるとは。怒りのあまり、真庭の全身が燃えるように熱くなった。
顎を引き、正面に立つ男の姿を見た途端、真庭の体は硬直した。男はすでに第ニ投のモーションに入っていた。
「ボラッチェっ」
意味不明の掛け声と共に、手にした物体を男が投げつけてきた。先程、店長が南条に向けてカラーボールを投げつけたときの掛け声だったが、真庭にはそんなことは分からない。
「同じ手を喰らうかよ」
顔面に向かって飛んできた球体を、真庭は左手で払いのけた。だが払いのけたはずの球体は、手で弾いた瞬間その場で破裂し、中に入っていたオレンジ色の染料を真庭の全身にぶちまけた。男が投げつけてきたのは、カウンターの上に置いてあった防犯用のカラーボールだった。
掌でガードし、目だけは守っていた。全身をオレンジ色に染めながらも、真庭は正面を見据え、次の攻撃に備えた。だが次に真庭が見たのは、缶コーヒーより一回りも大きい桃の缶詰が、一直線に自分の顔面に向かって飛んでくる光景だった。
質量の大きい桃缶の衝突音は、缶コーヒーの比ではなかった。ゴンという鈍い音と共に真庭の額にめり込んだ桃缶は、一撃で真庭の体から意識を叩き出した。
「隊長っ!」
周囲の隊員たちが凍りつく。彼らからすれば、無敵の指揮官があっさりと凶弾に倒れてしまったようなものだった。
「おのれっ」
殺気だった隊員たちはMP5の安全装置を外した。1対1、男同士の素手での対決に、敵は卑怯にも桃缶という飛び道具を使った。飛び道具には飛び道具だと考えた隊員たちは、安全装置を外したMP5の銃口を一斉に男に向けた。




