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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第一章 勇者降臨
13/202

特殊閃光弾

 警視庁指令(けいしちょうしれい)センターには年間900万件近い110番通報(つうほう)が入る。平均すると3,5秒ごとに1回、誰かが警察に通報をしていることになる。


 非常通報(ひじょうつうほう)装置(そうち)設置(せっち)された非常ボタンを押すだけで、信号が指令センターに送られ、通報場所を特定(とくてい)する機能(きのう)を持った通信装置だ。非常ボタンではあるが、犯人に察知(さっち)されないよう非常ベルなどは鳴動(めいどう)せず、遠く(はな)れた指令センターに自動録音(じどうろくおん)メッセージが流れる仕組みとなっている。通報を受信(じゅしん)した指令センターは、直近(ちょっきん)にいる警察官や覆面(ふくめん)パトカーに連絡し現場に急行させ、事案(じあん)早期解決(そうきかいけつ)(はか)る。店長が押したカウンターの下の非常ボタンは、まさにこのタイプの非常通報装置だった。




 南条が入ったコンビニ、おひさまマート志村坂上(しむらさかうえ)店は警視庁第10方面本部(ほうめんほんぶ)管轄区(かんかつく)だった。(おり)しも第10方面では、北赤羽(きたあかばね)金融機関(きんゆうきかん)武装(ぶそう)した強盗に(おそ)われた直後だったため、管区(かんく)内に緊急配備(きんきゅうはいび)がなされている最中(さいちゅう)だった。


 (じゅう)で武装した集団(しゅうだん)の犯行を重くみた第十方面本部は、警視庁警備部(けいしちょうけいびぶ)にSATの出動(しゅつどう)要請(ようせい)し犯人との遭遇(そうぐう)(そな)えていた。武装強盗発生(はっせい)から数時間しか経過(けいか)していない上に、同じ大10方面本部管轄区での緊急通報(きんきゅうつうほう)であったため、強盗事件との関連(かんれん)(うたが)ったSATはおひさまマートへ急行(きゅうこう)した。現着したSATの隊員が見た光景(こうけい)は、コンビニ内で包丁を振りかざす男と、カウンターの中で立ち(すく)む女性従業員の姿だった。


 この時SATを指揮(しき)していたのは、管区機動隊(かんくきどうたい)からの叩き上げ(たたきあげ)である真庭孝明(まにわたかあき)警部補(けいぶほ)だった。事件の即時解決(そくじかいけつ)(ねら)った真庭警部補は、人質(ひとじち)である従業員女性が今現在(いまげんざい)危機的状況(ききてきじょうきょう)であると判断(はんだん)し、即時介入(そくじかいにゅう)(およ)特殊閃光弾(とくしゅせんこうだん)の使用を許可(きょか)した。




 特殊閃光弾はスタングレネード、フラッシュバンとも呼ばれる非致死性兵器(ひちしせいへいき)だ。手榴弾(しゅりゅうだん)とよく()形状(けいじょう)を持つ特殊閃光弾は、手榴弾同様、上部(じょうぶ)のピンを抜いて相手の直近(ちょっきん)に投げ込むことで効力(こうりょく)発揮(はっき)する。大音響(だいおんきょう)閃光(せんこう)対象(たいしょう)感覚(かんかく)を一時的に麻痺(まひ)させ、その(すき)をついて犯人(はんにん)制圧(せいあつ)することを目的とするこの兵器は、対テロ対策(たいさく)において目覚(めざ)ましい成果(せいか)を上げ、人質救出(ひとじちきゅうしゅつ)作戦(さくせん)においては、スタンダードな戦術(せんじゅつ)となっている。


 


 100万カンデラの強烈(きょうれつ)閃光(せんこう)と、170デシベルを()える爆発音(ばくはつおん)は、カウンター内部(ないぶ)の明奈の視力(しりょく)聴力(ちょうりょく)(うば)った。明奈が感じた浮遊感(ふゆうかん)は、爆音(ばくおん)によって三半規管(さんはんきかん)(くる)わされ、方向感覚(ほうこうかんかく)消失(しょうしつ)したことによって(しょう)じた錯覚(さっかく)だった。左右はもちろん、上下すら識別(しきべつ)できない状態(じょうたい)で立ち()くした明奈の体を、力強(ちからづよ)(うで)が包み込んでいた。心臓しんぞう鼓動(こどう)を感じ、次に人のぬくもりを感じた明奈は、()じていた(まぶた)(ひら)いた。カウンターの床に横たわった明奈の体を、誰かが抱き止めてくれていた。


「ケガはないか?」


 南条の声がした。声音(こわね)に明奈に対する気遣(きづか)いが感じられる。何かが店の中で爆発し、その爆発から南条が救ってくれた。


「大丈夫、です」


「そうか。ここにいてくれ。あとは、わたしが(かた)づける」


 完全に回復していない視力のせいで、明奈には南条の姿は見えなかったが、南条が立ち上がる気配(けはい)は感じられた。




 モニター()しに真庭は、信じられない光景(こうけい)を見ていた。


 足元あしもと投擲とうてきした特殊閃光弾が炸裂(さくれつ)する寸前(すんぜん)、男はサッカーボールを()るように特殊閃光弾を靴先(くつさき)(はじ)いていた。ピンを抜き、投擲から炸裂するまでの秒数を、隊員は訓練(くんれん)を通して熟知(じゅくち)している。閃光弾が男の足元に到達(とうたつ)してから炸裂するまでの時間は、2秒に()たなかったはずだが、そのコンマ数秒の間に、男は閃光弾の特性(とくせい)見抜(みぬ)き、コンビニの(たな)の先に向けて蹴り飛ばした。それだけでも驚異的(きょういてき)なことなのに、次に男は、カウンターの内側にいた女を両手に抱きかかえて床に()せた。一連(いちれん)動作(どうさ)(よど)みなく、これが人間の動きなのかと(うたが)いたくなるような速度の中で、(あらかじ)め決められていた手順(てじゅん)をこなすように(おこな)われていた。


 閃光弾の炸裂を待って男を確保(かくほ)する予定だった突入部隊(とつにゅうぶたい)は、蹴り飛ばされ、予期(よき)せぬ場所で炸裂した閃光弾のせいで完全に動きを止められていた。


 炸薬(さくやく)燃焼(ねんしょう)した(さい)に生まれる薄煙(うすげむり)の中、濃灰色(のうかいしょく)のアサルトスーツに身を(つつ)んだ4名の部下たちが、被疑者(ひぎしゃ)を探して周囲(しゅうい)見回(みまわ)していた。


「カウンターの中だ!」


 真庭はインカムに向かって怒鳴(どな)った。高感度(こうかんど)のインカムを装備(そうび)した隊員たちの首が(すく)むのがモニター越しにも分かる。鬼の真庭と呼ばれるほど、真庭の存在(そんざい)は隊員たちに(おそ)れられている。


 隊員がカウンターに向き直(むきな)るのと同時に、男がカウンターの内側から姿を(あらわ)した。素肌(すはだ)の上半身に、(そで)を引きちぎった青い縞模様(しまもよう)半纏(はんてん)羽織(はお)ったふざけた格好(かっこう)だが、その動きは刮目に値する。


対象(たいしょう)視認(しにん)現在(げんざい)、対象は凶器(きょうき)所持(しょじ)しておらず」


「見ればわかる。そのまま確保(かくほ)しろ」


 男は包丁をカウンターの上に置いたまだ。敵意(てきい)がないことを(しめ)すつもりなのか、両手を上げている。


衛兵(えいへい)か?」


 隊員のインカムを通して、真庭にも男の声が聞こえた。まだ若い、20代(なか)ばくらいの男だ。


「確保します」


 男の問いには答えず、インカム越しに隊員が真庭の言葉を復唱(ふくしょう)する。男が凶器を放棄(ほうき)したことが判明(はんめい)している以上、隊員の携行(けいこう)するH&K MP5の銃口を向け続けるわけにはいかない。


指揮官(しきかん)と話がしたい。ここにいるのか?」


 男の声が聞こえる。お前とは山ほど話をすることがありそうだなと真庭は思う。もっとも、その話し合いはここではなく、(せま)取調室(とりしらべしつ)の中で行われることになる。

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