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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第三章 勇者邂逅
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途方

 地響(じひび)きと共に甘王の前に着地した南条は、伸ばした左手で甘王の喉首(のどくび)を掴んだ。百キロに近い甘王の体を楽々と釣り上げた南条の右手には、熱を帯び赤黒く変色した鉄鎖(てっさ)が巻き付いている。


「これで終わりだ。長きに渡る人と魔王の争いは、いまここで終わる」


 渾身(こんしん)の力を()め、鉄鎖の(から)みついた右拳を引いた。溶解寸前なまでに熱せられた鉄鎖が、ブスブスと音を立てて右腕を焼いていたが、その痛みすら南条は意に返さない。


 鎖で武装した右の拳を、甘王の顔に叩き込めばそれで終わる。甘王の頭蓋(ずがい)は粉々に吹き飛び、首から上は消滅するはずだ。


「どうした?早くやるがよい」


 南条の左手に釣り上げられた甘王が苦し気に声を上げる。苦しみに(あえ)いでいるというよりは、首を掴む南条の力が強くて声を出しづらいのかもしれない。


「何をしておる勇者よ。魔王を倒すのは、貴様の、貴様ら人間どもの悲願であろう。さっさとワシに止めを刺せ」


 甘王の言葉が魔王本来のものに戻っていた。人間甘王隆ではなく、魔王として相対していることを南条に意識づけさせている。


 南条の脳裏(のうり)にかつての仲間たちの姿が過る。生まれ育った村の人々、共に戦火を潜り抜けた仲間や同志たち。今は無く、これから先も二度と出会うことのない人々の姿。


「貴様が奪った全ての命への(とむら)いだ。消えて無くなれ」


 引き絞った右の拳を甘王の顔面に叩きつけようとした。だが、南条の腕は動かなかった。


怖気(おじけ)づいたか、南条。この期に及んで情けないやつだ」


 挑発する甘王の言葉も耳に入らなかった。何かが引っかかり、南条の動きを止めていた。


「やれ、光の勇者。この腰抜けが。その拳でワシを殺せ」


 南条の右肩に白猫が現れた。飛び乗ってきたのだろうが、気配など何ひとつ感じさせぬ見事な身のこなしだった。


 ミャオと、白猫が鳴いた。鳴き声は南条の耳朶(じだ)を打ち、停止状態だった思考が再始動する。


「化け猫は気づいておるか。惜しいのぉ」


 苦笑混じりに甘王が呟いた。その一言で南条も全てを理解する。


「罠か」


 白猫が南条の左腕を伝って、甘王の頭に飛び移った。豊富な髪を持つ甘王の頭頂で、白猫は体を丸めた。


「貴様の正体は実体を持たぬ闇の瘴気。貴様の体を消滅させたところで」


「別の肉体に憑りつくだけじゃ。より強靭(きょうじん)で、精悍(せいかん)な肉体にな」


「お前が完全に消滅するまで、()りついた人間全てを始末(しまつ)することもできる」


「やってみよ。次々と人間を殺すお前を、この世界の警察とやらが黙って見ているとは思えんがな。人類を救うはずの勇者が人間に追われる様を(なが)めるのは、さぞかし良い暇つぶしなるであろうよ」


 右拳を下ろし、左手に掴んでいた甘王を投げ捨てる。甘王の頭の上に座っていた白猫が、ギャオと非難めいた声を上げたが、南条は意に(かい)さなかった。


 丸々と肥えた甘王の体が、派手に地面を転がっていく。泥まみれになった甘王は、数メートル離れた縁石に激突して動かなくなった。


「痛いなぁ。まったく乱暴なんだから」


 服に着いた泥を払いながら甘王が立ち上がる。神経質な性質なのか、服の破れを見つけては呻き声を上げる。


「先月のお給金(きゅうきん)で買ったばかりなんだよなぁ、この服。南条さん、弁償してくださいよ」


 南条のスーツの方がはるかに酷い有様だった。数百匹のネズミに咬み裂かれたスーツは服としては機能しておらず、今の南条は半裸に近い状態だ。


「これからどうすればいい」


 誰に()いたわけでもなかった。生まれて初めて、南条は途方(とほう)に暮れていた。


「とりあえず」


 答えがあるはずもない南条の問いに、甘王が答える。


「うちに来るとよい。お互いこんな格好でうろついていたら、通報されてしまうからの」


 縁石に打ち付けた腰をさすりながら、甘王が公園の出口に向けて歩き出す。


「貴様のうち。魔王城か?」


「新生魔王城だ。手狭(てぜま)だがなかなかに快適じゃぞ。怖くて来れぬというのなら、これ以上誘いはせぬ」


 判断できず立ち尽くす南条を後目に、白猫ランスロットは甘王の後を追っていく。桜の木の根元に落ちていたカバンを拾い、南条はひとりと一匹の後に続いた。

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