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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者  作者: 氷川 泪
第三章 勇者邂逅
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逃走

 ネズミ群の圧力が再び強まった。


 数千匹はいるであろうネズミどもに対して、南条を守るために円陣を組んでいる猫たちは二十にも満たない。殺気を()き出しにしたネズミどもの圧力に耐えきれないのは当然だった。


 円陣の一部が崩れ、ネズミどもが南条目がけて殺到(さっとう)する。立ち尽くす南条が、狂暴な意思を持つ黒い奔流(ほんりゅう)と化したネズミ群に飲み込まれていく様子を、猫たちは為す術もなく目の当たりにした。


 ネズミに覆われ、漆黒(しっこく)の影法師と化したまま立ち尽くす南条の身体から、真朱色(まそういろ)の光が噴き上がった。その光に晒されたネズミどもは、溶岩にでも触れたように飛び退り、恐怖の鳴き声を上げて逃げ惑い始めた。南条の身体から噴き上がる圧倒的なエネルギーは、思念を乗っ取られ、攻撃性のみを増長されたネズミどもにすら恐怖を植え付けるほどのパワーを有していた。


 


 限界まで圧縮された南条の大腿筋(だいたいきん)が、スプリングのように弾け飛んだ。音速を超える勢いで射出された南条から発生したソニックブームによって地表を覆い尽くすネズミ群が一掃(いっそう)されていく。常人なら形状すらとどめられないほどの速度で移動する南条の先には、あいも変わらずブランコに()したままの甘王がいた。


 ミサイルのように突撃する南条の前に、再びネズミどもが作り出す肉の壁が現れた。音速を超えた南条を上回る速度で肉の壁を形成できたのは、甘王が予め南条の攻撃を予想していたからに違いない。甘王に攻撃を仕掛ける前に、南条の体はネズミどもで構成された肉の壁に激突した。


 想像していた衝撃は受けなかった。ネズミどもが作る肉の壁は、南条の身体を弾き返そうとはせず、そのまま包み込み、突き抜けさせた。


 突き抜けた先に甘王の姿は無かった。咄嗟(とっさ)にブランコの鎖を(つか)み、自分の身体に制動を掛けた。ブランコの支柱が音を立てて(ゆが)み、鎖を固定していた留め具が千切れ飛んだ。右手に鎖を掴んだまま、南条は公園の草地に着地した。


 ネズミどもの突撃を右手に持った鎖の一振りで打ち払う。南条のパワーに恐れを抱いたネズミどもの攻撃は、目に見えて弱まっている。


 視界の中に、甘王の姿は無かった。目を凝らし耳を澄ませると、闇の先を走る甘王の姿と荒い息遣いが聞こえてきた。


 ネズミたちを(おとり)にして、魔王甘王は逃走を図っていた。


 


 贅肉(ぜいにく)だらけの腹を突き出し、極端に短い手足をバタつかせながら公園の出口に向けて走る甘王の後ろ姿を目にした途端、南条の身体は硬直し動けなくなった。あらかたのネズミどもは、甘王の逃走と共に使役魔法の影響下から抜け、算を乱して草の中に逃げ込んでいったが、それでもまだ数十匹のネズミが南条の身体にまとわりついている。だが南条は、這いまわるネズミどもを払いもせず、見苦しい姿で逃走する甘王の背中を呆然(ぼうぜん)(なが)めていた。


「どこへ行く?」


 口をついて出た言葉の意味を考えていた。目の前を魔王が逃げていく。さしたるダメージを負ったわけでもないのに、身もふたもなく逃げ出していく魔王の姿は、南条とその同志が命を()して戦った人類最大の敵と同一の存在であるとは思えなかった。


「冗談じゃない」


 甘王の背から目を逸らした南条の全身が小刻みに震える。燃え上がるほどに上昇した体温に耐え兼ね、南条の身体に取り付いているネズミどもが鋭い叫び上げて体から飛び退いていった。引き千切ったまま握り締めているブランコの鎖は、南条の体内から噴き上がる圧倒的なエネルギーを受けて、熱を帯び赤黒く輝き始めていた。


「どこへ行く、貴様!」


 腹の底から振り絞った南条の声が、晩夏(ばんか)の夜気を震わせた。憤怒(ふんぬ)と悲しみに満ちた南条の叫びは、敵のネズミどもや味方の猫たちだけでなく、逃げていく甘王の足までも止めた。


 いたずらをして親に(しか)られた子供のように、首を(すく)めた甘王が南条を振り返る。


「どこへ行くつもりだ。魔王」


 押し殺した怒りを秘めた南条の声が静かに響く。


「お(なか)()いたし、見たいテレビもあるんで、帰ろうかなって」


 上目遣(うわめづか)いに南条を見る甘王が、(おび)えたような声を出した。


「腹が減った?見たいテレビがある?なぜだ?どうしてそうなるんだ?」


 (おだ)やかにすら思える声は、脳天まで突き上げる憤怒を南条が必死に抑制(よくせい)している証拠だった。


「イ・モウトゥが、竜田揚(たつたあ)げ作って待ってるらしいんですよ。唐揚げじゃなくて竜田揚げ。竜田揚げって、まだ食べたことなくって、食べたことないものって、コンビニとかでも買いずらいじゃないですか。もし不味(まず)かったらお金もったいないし」


「ふざけているのか?たった今、お前はおれを殺そうとしていた。おれたちは殺し合いをしている。そうだろう?」


 大きくため息をつき、どうしたらわかってくれるんだというような顔で甘王が頭を()く。


「まぁそうなんですけど、南条さんがネズミくらいで死ぬとは思わないじゃないですか。いくら魔法が使えないからって、光の勇者がネズミに喰われて死ぬなんて、情けなさ過ぎて笑っちゃいますよね」


 (わず)かに開いた甘王の口から、白く形の整った歯が覗く。明かに甘王は、南条を嘲笑(あざわら)っている。


「だったら逃げることはないだろう。戻れ。結着をつけよう」


「あれれ。先に木の上に逃げたの南条さんですよね。自分がやばいときには逃げ出して、ちょっと有利になったからて、逃げるな魔王、この卑怯者って、それってどうなんですかねぇ」


「卑怯者なんて言ってない。それに、わたしが有利だとは思えない。オドの総量は、わたしより貴様の方がはるかに多いはずだ」


「そうなんですけどね。でもダメなんですよ。この体のままだと負担が大きいらしくって、攻撃魔法とか使えなんですよ。だから今回もネズミさんに協力してもらったのに。南条さん、ネズミさん十二匹も殺しちゃいましたね。ひどいなぁ」


 押し殺していた怒りが限界を超えた。持て余したエネルギーを解放し、南条は夜の空へ向けて跳躍した。強化された筋肉は、ほんのひと蹴りで南条の体を桜の木を見下ろすほどの高度へと運んだ。


 眼下にいる甘王に向けて落下していった。落下の衝撃を殺す配慮などしてはいない。激突したなら、ダメージを負うのは常人の肉体を有する甘王の方だ。

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