サンタクロースに会う方法
サンタクロースを信じる、全ての人に捧げる
雪が降り積もった道を、三人の少年が歩いています。
「サンタさんはいるもん!」
そう声を上げた一番小さい男の子が、この物語の主人公、小学校低学年のユウタです。
「そんなの信じてるのユウタくらいだぜ」
「いるわけないだろ」
ユウタの声は、二人の少年によってかき消されてしまいました。
今は12月の初旬。クリスマスが待ち遠しくなる頃ですが、ユウタの友達である二人の少年はサンタクロースを信じていないようです。
「そんなことないもん……」
二人と別れ、俯きながらトボトボ歩くユウタの足取りは重いです。
家に帰るとお母さんがユウタを出迎えました。
「おかえりなさい」
「ただいま……」
優しいお母さんはユウタの異変に気が付きました。でも、リビングからユカちゃんの泣き声が聞こえ、「あら大変」と言いながらリビングへかけていきました。3才のユカちゃんはユウタの妹です。ユウタはお兄ちゃんになったのですが、ユカちゃんにお母さんを取られた思いがしてなりません。
「いいもん」
ユウタは台所に置いてあったおやつのドーナツを取ると、和室に向かいました。和室の前にランドセルを置き、襖を開けると、いつものように坐椅子に座って新聞を広げているおじいちゃんがいました。
「おかえり、ユウタ」
「ただいま!おじいちゃん」
ユウタはおじいちゃんのことが大好きです。おじいちゃんの部屋は、いつもお線香の匂いが漂っていて、棚には洋書から絵本まで、沢山の本が並んでいます。いつかこの部屋のすべての本を読むことが、ユウタの目標です。その中には、もちろんサンタクロースのお話もあります。
「おじいちゃん、今日ね、サンタクロースの話をしたらみんなに笑われたよ。ぼく、サンタさんはいると思うのに、みんないないって言うんだ。コウちゃんは去年までサンタさんを楽しみにしていたし、マイちゃんも毎年サンタさんにお手紙を書いていたのに、今年はしないって。お母さんとお父さんがサンタさんだからって言うんだ」
ユウタはドーナツを食べながらおじいちゃんに今日の出来事を伝えました。
「サンタさんは存在するよ」
読んでいた新聞を綴じ、かけていた眼鏡を外し、ユウタの口についていた食べかすを取ってやると、おじいちゃんは優しく言いました。
「でも、みんないないって……」
「それでもいるんだよ。毎年プレゼントをくれるだろう。それはサンタさんがユウタのことを見ていて
くれるからだよ」
おじいちゃんはユウタの頭を壊れ物を扱うように優しく撫でました。
「おじいちゃんはサンタさんに会ったことあるの?」
「あるよ」
即答です。
「毎年会っている。今年もユウタはいい子でしたって伝えているよ」
「そうなの?」
ユウタは驚きました。
おじいちゃんは嘘をつかないことを、ユウタは知っていました。だから、サンタクロースはいるのだと、ユウタは嬉しくなって飛び上がりました。
「ぼくもサンタさんに会いたい!」
ユウタは決意しました。
するとおじいちゃんは、ゆっくりとユウタを落ち着かせると、静かな声で言いました。
「サンタさんには簡単に会えない。会える方法をじいちゃんは知っているが、ユウタには出来るかな?」
「ぼく、サンタさんに会えるためなら何でもするよ」
ユウタの意思は固まっていました。
「よし、それなら教えてやろう」
おじいちゃんはユウタに耳打ちをしました。
「ぼくに出来るかな?」
方法を聞いたユウタは少し不安気です。
「ユウタなら出来るよ」
おじいちゃんの「出来る」はとても力強くて、本当になんでも出来るような気がしてくるのでした。
「ただいま」
夜になると、お父さんが仕事から帰ってきました。
「おかえり!ぼく、サンタクロースだよ!お父さんは良い人だから、欲しいものをあげるよ」
これがおじいちゃんから聞いたサンタクロースに会う方法でした。ユウタ自身がサンタクロースになるのです。そうすると、サンタクロースはユウタを仲間だと思い、会いに来てくれるとおじいちゃんは言ったのです。そしてユウタは、一番最初にお父さんの欲しいものを渡そうと決めたのです。
お父さんは訳も分からず、ポカンと口を開けていました。そこにおじいちゃんがやって来て、お父さんに説明をすると、お父さんは大きな口で笑いました。
「そうかそうか。ユウタはサンタさんになったのか」
「うん。お父さんは何が欲しいの?」
お父さんは悩みながらリビングに入り、お母さんとユカちゃんにただいまのキスをします。するとお父さんは何かを閃きました。
「そうだ!ユウタと一緒にキャッチボールがしたい」
ユカちゃんにも聞きました。
「ケーキがいい」
ユカちゃんはフルーツがたくさん入った甘いショートケーキが大好き。それを欲しがりました。
「せっかくだから手作りにしたら?手伝ってあげるから」
お母さんが素敵なアイデアを思い付いたように無邪気に笑います。ユウタはお菓子作りをしたことがなく、不安に思いましたが、何故かとてもワクワクしました。
「サンタの得意料理はケーキ作りだから、クリスマスにはケーキを食べるんだよ」おじいちゃんは得意気に言いました。さすがサンタクロースと知り合いなだけあります。
お母さんとおじいちゃんにも欲しいものを聞きましたが、悩んでしまいなかなか答えが出なかったので、また後日改めて聞くことになりました。
「よーし、明日から頑張るぞー!」ユウタはとても、張りきりました。
次の日、寒い冬のお昼頃です。手袋をはめたユウタとお父さんは近くの公園でキャッチボールをしました。
「ユウタとキャッチボールをするのは、お父さんの夢だったんだ」
仕事が忙しいお父さんと、スポーツが得意ではないユウタとでは、なかなかその夢をかなえることができませんでした。
「サンタからの贈り物だ」と、お父さんはとても嬉しそうに言いました。
ユカちゃんへのプレゼントケーキは、今まで食べてきた中で一番豪華にしようという事で、大きなスポンジケーキの上に小さなスポンジケーキを乗せた二段重ねに決まりました。スポンジの間と周りを甘い生クリームで覆い、桃とみかんの缶詰にバナナとキウイ、そしてフルーツのお姫様であるイチゴをふんだんにトッピングをしたのです。ケーキの姿は全てユウタのアイデアでした。
お母さんと料理が上手なおじいちゃんに手伝ってもらい、ユウタはお菓子職人のようにユカちゃんの為に頑張りました。
出来上がったケーキを見て、ユカちゃんは目を丸くします。
「お姫様のケーキだ」
ユカちゃんは瞳を輝かせて言いました。
そして、みんなでケーキを食べました。ユウタはなんだかとても幸せな気持ちでした。
「みんなが喜んでいることは、僕がプレゼントを貰うより嬉しい」
そういうと、おじいちゃんはにこにこ笑いながら、ユウタの頭を優しく撫でました。
次の日からもユウタのサンタクロースは続きます。
学校では、担任を持ってくれている松浦先生にお花をプレゼントしました。校庭に咲いている名もない花ですが、先生は瞳を麗して喜びました。
「誰かに花をプレゼントしてもらいたかったの」
友達にもプレゼントをあげたかったユウタですが、キリが無いからとお母さんに言われ、困っている友達のお願いを聞いてあげることになりました。
1番仲のいいリョウタくんには掃除の手伝い。
隣の席のマナちゃんには忘れてしまった消しゴムを半分。
委員長をしているカイトくんには提出物の回収の手伝い。
怪我をしているタケルくんの補助。
転んで泣いていた下級生を保健室へ。
なんでもしました。
「ありがとう」と言われる度にユウタは、
「サンタクロースだから当然」
と、言うのでした。
サンタクロースに扮したユウタの姿を見て、心動かされた人が居たことは言うまでもありません。
みんな誰かのために助けてあげるようになりました。
1人の子どもをのぞいて。
それは、ユウタと同じクラスのガキ大将のリュウスケでした。
「ユウタ」
帰りの廊下で呼び止められたユウタ。
振り返るとリュウスケが仁王立ちしています。
「お前、サンタクロースらしいな」
ニヤニヤ笑うリュウスは、クラスの子たちよりふた周りほど大きく、立っているだけで迫力があります。
「そうだよ」
ユウタは震える手を握りしめながら答えました。
ユウタはいつも威張っているリュウスケのことが少し苦手なのです。
そうとも気が付かず、リュウスケはユウタに近づいてこう言いました。
「じゃあ、オレの欲しいものをくれよ」
「何が欲しいの?」
「お前が持ってる"戦隊シノビ”のえんぴつをよこせ」
"戦隊シノビ”とは、日曜日にやっている大人気の戦隊シリーズのひとつです。
「これは……」
口をモゴモゴするユウタに、リュウスケは1歩1歩と近寄ります。
「ほら、よこせよ」
リュウスケが欲しがったえんぴつは、今年のユウタの誕生日にお父さんに買ってもらったものでした。ランドセルの奥に、大事に保管していることをリュウスケは知っていました。
これを渡すことは、いくらサンタクロースで出来ません。
「ごめん、これは無理なんだ。他になにか無い?」
ユウタが提案すると、リュウスケの顔はみるみるうちに険しくなりました。
「いいから早くそれをよこせ!」
ユウタ目掛けて走ってくる大きな体のリュウスケを、ユウタはかわして懸命に走りました。
途中、雪に足を取られそうになりながらも、家に帰るまで走る足を止めることをしません。
必死に走って辿り着いた玄関で肩を震わせていると、おじいちゃんが散歩から帰ってきました。
「どうしたんだい?」
「おじいちゃん……」
いつものおじいちゃんの部屋で、ユウタはさっきあった出来事をおじいちゃんに伝えました。
「ぼく、サンタクロースになりたいんだ。サンタは良い子にしかプレゼントをあげないんだよね?リュウスケくんはガキ大将なんだ。だから渡さなくても、大丈夫だよね?」
ユウタはおじいちゃんに自分がした事の救いを求めました。しかし、おじいちゃんは言います。
「ユウタ、リュウスケくんは本当に悪い子なのかい?」
その問いに、ユウタは答えることが出来ませんでした。
確かに威張りっ子で乱暴者なリュウスケですが、いつも誰かを助けているのはリュウスケなのです。
ユウタがサンタクロースを目指す前から、リュウスケはサンタクロースをしていたのでした。
「ぼく、どうしたらいい?」
「それはユウタが考えろ。どんな選択をしても、考えて出した答えなら、それが正解だ」
その夜、ユウタは"戦隊忍び”のえんぴつを前に考えました。
良い子とは、悪い子とは。サンタクロースは何を基準に決めているのか。
果たしてユウタはずっと"良い子”だったのか。考え続けました。
次の日の12月24日は終業式です。
リュウスケは朝礼が始まるいつもギリギリにやってきます。
今日もいつものようにチャイムが鳴る直前にやって来ました。
「セーフ!」
滑り込んでやって来たリュウスケの前にユウタ立ちます。
手には、赤いリボンで結んだ"戦隊シノビ”のえんぴつ。
「これ」
手渡されたえんぴつをリュウスケは無言で見つめ、ユウタを睨みます。
「いらねぇよ」
拒まれても、ユウタはリュウスケにえんぴつを握らせました。
「ぼく、サンタだから。願ったプレゼントをあげるのがサンタクロースだからさ。サンタのプレゼントを断ることはできないから、どうか受け取って」
クラスのみんなは2人の様子を固唾をのんで見守っていました。
その時、担任の先生が教室に入ってきました。
「そこの2人、はやく席に座りなさい」
「はい」
ユウタに無理やり握らされたえんぴつをリュウスケは受け取り、「チッ」という舌打ちをして席に着きました。
ユウタの心臓はその日一日中、すごいスピードでドクドクと鳴っていました。この選択をしたユウタは、サンタとしては間違っていなかったと思うのでした。
家に帰り、おじいちゃんに報告をすると、また優しくユウタの頭を撫でてくれるのでした。
さて、クリスマス当日です。
ユウタが目を覚ますと、枕元にプレゼントが届いていました。
"戦隊シノビ”の変身ベルトでした。ユウタが欲しかったものです。
「ぼくにもプレゼント来た!」
「今年のユウタはいつも以上に良い子だったものね」
お母さんは優しい声で答えます。
「おーい、ユウタ。他にもプレゼントが届いてるぞ」
お父さんは銀色の袋を手にしていました。
そこには大きく癖のある字で「ユウタ」と書かれていました。それはとてもリュウスケの字に似ています。
中を開けると、"戦隊シノビ”の消しゴムが入っていました。
「ぼく、サンタクロースに会ったことあったんだ」
変身ベルトをつけて、消しゴムを持って、サンタクロースは結構近くにいるんだということを知ったクリスマスになったのでした。
それから20年が過ぎました。
ユウタも大人になり、ユウタにはよく似た息子が産まれました。
「お父さん、サンタクロースって本当にいるの?」
12月初旬、息子のコウタが俯きながら寂しそうに聞きます。
「何かあったのか?」
「同じクラスのカイリもセイヤもサンタクロースはいないって言うんだ」
ユウタは昔の自分を思い出し、微笑みます。
「お父さんは、サンタクロースに会ったことがあるよ」
「え?本当?」
「うん。コウタと同じくらいの歳の時に会ったよ」
「どうやって会ったの?ぼくも会いたい!」
「コウタも会えるよ」
探している人に出会う方法を、ユウタはコウタに耳打ちをしました。
「ぼくにできるかな?」
「コウタなら出来るよ、絶対に」
あの時のおじいちゃんのように、ユウタは力強く言うのでした。
私がユウタと同じくらいの年齢だった時、サンタクロースになりたいと願う同級生がいました。
みんな「なれる訳ない」と笑っていました。私も笑いました。
年齢を重ねた今、あの時の同級生が本当にサンタクロースになっていることを、願ってやみません。