君に愛を伝えられない
「ねえ、恋ってなあに?」
近所の公園で、4才くらいの子供に話しかけられた。
声も見た目も中性的で、性別がどちらか判別がつかない。それにしても、最近の子はませているなあ。
私の腰ほどしかないその背丈で、背伸びした質問をするものだ。でも、こういうことを教えるのも大人の役目か。
「会うだけでドキドキしたり、その人のことばかり考えるようになること……かな」
なんだか気恥ずかしい。間違ったことを言っているつもりはないが、内容はまるで少女だ。
「なるほど! 他にもある?」
結構グイグイくる子だな。でも、教育欲が刺激されてちょっと良い気分になってしまう。
私はベンチに座った。その子も隣に座る。
……何故か、この光景に既視感を覚えた。
「他に好きと思えることかあ。何回でも会いたくなったり、ずっと一緒にいたいと思える人は、きっと好きなんだと思うよ」
「じゃあさ、この前一緒にいた人は? 好き?」
「この前? いつのこと?」
「えーと、三日前。一緒にカフェにいたでしょ?」
そうだ、三日前といえば。私と付き合っている彼のことか。確かに、彼のことは好きだ。
でもなんでこの子、そんな事知ってるんだろう? 忘れてるだけで、どこかで仲良くなったことがあったかな?
「もちろん好きだよ。あの人はたくさん尽くしてくれるし、なんだって許してくれる人なの」
「すっごく優しい人なんだね。じゃあさ、一昨日一緒にここを通った人は? 好き?」
一昨日か。そういえばあの人と、一緒にここを通ったっけ。
でも、恋人って関係じゃない。
「好きだけど、友達としてだよ。でも、色々心配してくれて、いつも気にかけてくれる人なの」
「恋じゃないの?」
「うん。恋じゃない。とっても良い人だけどね」
「好きだけど恋じゃないんだ。難しいね」
まだ好きの違いもわからないか。ませてると思ったけど、子供は子供だな。
「好きにも色々あるんだよ。大人になったらわかるけどね」
「お姉さんは大人?」
「うん。だからそういうことも知ってるの」
「じゃあさ、昨日ここでチューしてた人は? 好き?」
……あ。
「うん。好きだよ」
「恋? それとも友達?」
「あの人は……仲良くて……話が合う友達」
「そっか。じゃあ、さっきまでここで会ってた人は? あ、三日前に会ってた人と同じ人だったね。喧嘩してたけど」
……ああ。
「えっと……好きなんだけど、その、みんな良い人で、あの……」
頬がジンジンと痛む。だんだんと思い出した。
初めて見た、彼の怒った顔。今まで怒ったことも、痛いこともしなかった彼だった。
顔を真っ赤にして、怒りながら泣いていて、体は指先まで震えていた。
『ごめん』と一言謝って、どこかへ行ってしまった。私はここに、一人残された。
何でも許してくれた彼が、唯一許さなかったこと。許そうと頑張ってくれたけど、どうしても許せなかったこと。
いつの間にか子供は消え、指輪が置いてあった。
そっと手に取って、内側を見た。そこには、私と彼の名前が印字してあった。印字の端には、猫の肉球マークがついている。
私が猫を好きなことを知って、彼は猫の肉球マーク入りの指輪を贈ってくれたんだった。
「ごめんなさい……」
ボロボロと泣いた。不甲斐ない自分に、彼からの想いに、涙が止まらなかった。
ずっと一緒にいようって、約束したのに。どうして忘れていたんだろう。
「ねえ、恋だったの? みんなに恋してたの?」
すぐ目の前から、さっきの子供の声が聞こえる。私はか細い声で答えた。
「……うん。みんなに恋してたと思う」
「そうなんだ。じゃあ、最後にひとつ聞いてもいい?」
彼は、きっと私を愛していた。私も、きっと彼を愛していた。
いつからだろう。私が彼を裏切ったのは。少しくらいなら大丈夫と言って、他の人と会い始めたのは。
愛は永遠だって。私達は永遠だって言っていたのに。
「ねえ、愛ってなあに?」
「……わかんないや。ごめんね」
――私は、まだまだ子供だったらしい。