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エルフ少女! 超ごってり麺ごっつへ挑む!

作者: 英 慈尊

 かつて……。


 ――亡者の群れを使役する吸血鬼と戦った。


 ――古代遺跡を守護するゴーレムと戦った。


 ――火山に巣を作る竜と戦った。


 そして、そのことごとくに勝利したからこそ、リンはこうして今生きている。

 エルフの森で勇者の一人として選抜され、あらゆる冒険をこなしてきた彼女にとって、恐れるべき敵など存在しない。

 ただ一つ――空腹を除いては。


(は、腹が……減った)


 時刻はすでに、夜九時を回っている。

 このような時間になってもカンテラや照明魔法を使わずに済むのは、故郷の世界たるリ・ナートでは考えらないことだ。

 それもこれも、そこかしこに電灯が立てられ、夜道を行く人を照らし出してくれているからであった。


 そう……エルフ族の勇者たるリン・ワークナーが今いるのは、剣と魔法が支配する世界リ・ナートではない。

 十数年前、次元を隔てたゲートが繋がった先……地球は日本の首都東京であった。


 身にまとう装束も当然ながらエルフ伝来の皮装備ではなく、激安アパレルショップやスマホのフリマアプリで入手した品々である。

 愛用の魔弓はおろか、短剣一つ携えてはいない。そんな物持ってたらお巡りさんに熱烈なインタビューを受けることになるだろう。


 今の彼女が身を置く戦場は、吸血鬼が住まう古城でもゴーレムが守護する古代遺跡でも竜が支配する火山でもなく、都内のコンビニエンスストアなのであった。

 そこでバイトし、稼いだ資金をもって地球の便利な品々などを故郷の森に送る……。

 それこそがエルフ族の勇者として、リンに与えられた使命なのだ。

 余談だが、最も喜ばれているのは柿の種である。


(まさか、シフト二つ分連続で穴が開くなんて……)


 今日の不幸を呪いながら、夜道を歩む。

 早朝からこの時間まで、今日のリンは働きづめである。

 運命のイタズラ、と言うしかないだろう……。

 ともかく本日のシフトが虫食い状態になってしまい、唯一、これを埋め得るリンは店長共々ろくな休憩も取れず働き続ける羽目になってしまったのだ。

 穴を開けてしまった人たちにも聞けばやむを得ない事情があり、こればかりは誰を恨むわけにもいかない。

 ただただ、不幸であったというだけの話だ。


 ――くう……。


 と、かわいらしくお腹が鳴る。

 頭はそうやって理屈で理解させられても、思考回路を持たぬ胃の腑に同じことを命ずるのは無理があった。


(もう少し……もう少しだから……)


 それでも頭の中でそう言い聞かせ、ひたすらに歩みを進める。

 飢えに苦しむ者にとっての桃源郷……。

 それがこの先には、存在するのだ。


(辿り……着いた)


 消耗品も食料も尽き果てた状態で、ようやく不思議の迷宮から脱出した時のことが思い出される。


 ――喰えばわかるさ!!


 ド派手な黄色い看板に書かれたその文字が頼もしい。

 まるで、この地の祭りに練り歩くおみこしのような……。

 何とも言えず、おめでたい装いの店舗だ。

 祭りの空気を感じさせるのは店の外観だけでなく、騒音にならぬ程度の音量で周囲に流される太鼓を主体としたBGMもそうである。


 ――超ごってり麺ごっつ。


 力強い筆致で、その屋号は掲げられていた……。




--




「「「「いらっしゃいませーっ!」」」」


 これもお祭りの屋台を思わせる元気な声で迎えられ、まずは券売機を操作する。

 悩む必要はない……。

 今選ぶべきは、王道直球。この店で最もボリュームのあるメニューだ。


「麺の量、並、中盛り、大盛りとございますが……?」


「大盛りで」


「背脂の量、普通でも少し多くなっていますが……?」


「普通で」


「スープの種類、スタンダードとゆずとかつおがありますが……?」


「スタンダードで」


「半ライスお付けしますか?」


「付けてください」


 何かの儀式めいたやり取りを終え、給水機で水を汲み席に着く。

 これだけのオプションが無料で選べるだけでなく、望みとあればメンマやネギを無料で増量してくれるのだから、店主はきっとこの国に古くから伝わるという仏教で悟りを開いているに違いない。


 ……などと、勘違いをしてはならない。

 何となれば……。


 ――悪魔は皆、優しいのだ。


「お待たせしましたー。つけ麺空スタンダードと半ライスですー。

 スープの方濃かったら割りスープがありますのでお呼びくださーい」


 待つことしばし……。

 運ばれてきたそれが、その証拠である。


 つけ麺……?

 否、これは違う……。


 ――麺塊(めんかい)


 特大のどんぶりによそわれたそれは、そう称するしかない何かであった。

 大盛りの重量、実に800グラム!

 これでぶん殴れば人が死ぬんじゃないかという麺の固まりには、そっとチャーシュー、味玉、メンマ、海苔といった具材が添えられていた。


 ――喰えばわかるさ!!


 ……とは、この店の謳い文句であるが、リンに言わせれば喰うまでもなく見りゃ分かる。

 言うなれば最終究極救腹兵器……それがこのごっつという店の、つけ麺なのであった。


 もし、食の細い者がよく想像もせずにこれを頼んだのなら、地獄を見ることになるであろう。

 それが故に、悪魔へ例えたのである。


 だが、しばしばこの世界で同一視されるように悪魔と天使は紙一重の存在だ。

 リンは、自らにとって天使の施しであるそれへ果敢に挑み……かからなかった!

 その前に、なすべきことがある。


 チャーシューを、味玉を、メンマを、海苔を……。

 そっとつけ汁に浸し、ご飯へ乗せていく。

 そうやって完成したのは、即席のミニラーメン丼である。

 これはリンにとって、かかせないシーケンスであった。

 事前にこうすることで、この店のつけ麺は小麦を用いたフルコースへ――化ける!


(いただきます……!)


 そして、今度こそ慣れた手つきで箸を操り、つけ麺へ挑む。

 適量の麺をつけ汁に浸し――食す!


 まず驚くのは……舌触りの圧倒的な滑らかさだ。

 よく絞められた太面は赤子の肌もかくやというプリプリした弾力を備えており、それが舌の上を滑って……ややもすれば、噛みもしない内から喉奥へ通り過ぎて行ってしまいそうになるのである。

 そうなってはたまらないので、噛む!

 噛む! 噛む! 噛む!

 そう簡単には屈さぬぞと、歯を押し返してくる弾力が頼もしく、嬉しい。


(私は今、小麦を食べている……!)


 世界も種族も関係なく共通する、上質な穀物を食べる喜び……。

 それがここには、存在した。


 その立役者となっているのが、つけ汁である。

 つけ麺の例に漏れず濃厚な味わいのそれであるが、この店の特徴はいわゆるチャッチャ系にふさわしくたっぷりの背脂が浮かべられている点であろう。

 その力強い味わいが、先述の素晴らしき麺にまとわれ、口中を瞬く間に支配していく。


(嗚呼……!)


 背脂の味がいかなる麻薬にも勝る速度で脳内に浸透していき、多量の脳内物質を分泌させていく……。

 この近くには、亀戸天神なる由緒正しい大社が存在するのだが、ハッキリ言って、そこへぬかづいた時よりも天の国を強く意識できた。


 そこへ祀られている菅原道真公が聞いたら祟ってきそうなことを考えながら、圧倒的多幸感に包まれ食べ進める。

 しばし供されてきたそのままの味を楽しんだ後は、フェーズ2に移行していく。


 フェーズ2……これはすなわち、卓上調味料の投入である。

 コショウ、ジャン、おろしニンニク、酢、ラー油……。

 これらの中から、今回リンがチョイスしたのはコショウとニンニクであった。


(明日は休みだ……遠慮なくいく!)


 この世界に伝わる女子力なる謎の力をかなぐり捨て、ニンニクをふた匙つけ汁にぶち込み、コショウを手に取る。

 この店では何故か業務用ブラックペッパーをそのまま置いてあるため、入れ過ぎないよう細心の注意を払いながらこれを適量降り注いだ。


 生まれ変わったつけ汁に麺を浸し食すと……これはまた、先程までとは全く異なる味わいである。

 嗅いだだけで疲労を消し去りそうなニンニクの刺激的風味は、麺の量が量なこともあり少々飽き始めていた舌を再び目覚めさせた。

 それだけだと野放図にパンチ力を増すだけの結果になるところだが、コショウが全体のまとめ役となることでつけ汁そのものとの調和が図られるのである。


 ――ズ!


 ――ズー! ズズー!


 言葉もなく、ひたすらに麺を食べ進めていく……。

 時に海苔で麺を巻いて食べることはあったが、他の具材には手を付けぬのがリンの流儀だ。

 先にも述べた通り、リンにとってこのつけ麺はコースメニューであり、他の具材はグランドフィナーレを飾る上で欠かせない存在なのである。


「すいませーん! 割りスープ下さい!」


「はーい!」


 いよいよ麺も残りわずかということで、グランドフィナーレへ移ることにした。

 残った麺を全てつけ汁の中にぶち込み、運ばれてきた割りスープを注ぎ込む。

 混ぜ合わせた後にあえて残していた具材をトッピングすれば、おお……これは……!?


 ――ミニラーメンだ!


 つけ麺としてオーダーしたはずのそれが、最後の最後にミニラーメンとしてリメイクされたのである!

 しかも、一番最初に作った即席のミニラーメン丼と組み合わせればこれは、ミニラーメン丼&ミニラーメンのセットメニューになった!


 これこそが、ごっつのつけ麺最後の形……。

 〆を飾る、グランドフィナーレである。


 ミニラーメン丼をかきこむ!

 最初につけ汁をまとわせていた各種具材は濃厚な味わいで、よく蒸らされた白米との相性は抜群だ!

 白眉と言えるのが歯応えある海苔で、店主のこだわりを感じるそれはご飯のお供にも麺を巻いて食べるのにも最適な代物である。


 そして……ミニラーメンをすすった。

 割りスープにはごくごく薄くダシが張られており、つけ汁と組み合わさることで通常のラーメンスープとはまた違う……ややジャンクな味わいを生み出す。

 しかも、つけ麺の宿命としてすでに冷めつつあったつけ汁は、割りスープという援軍を得ることで再び温まっているのだ!


 ――ズズ……ズー!


 勢いのまま、最後の一滴までそれを飲み干した!


「ご馳走様でした!」


「「「「ウェーイ! ありがとうございましたー!」」」」




--




 五作目の平成特撮作品主人公みたいなかけ声で送り出され、外を歩む。

 今のリンは感動的な満腹感に包まれており、その足取りに来た時のような頼りなさは微塵も存在しなかった。


(はあ……食べた食べた……)


 ただでさえ、つつましい生活を送っているリンである。

 このような店の存在はありがたく、また、このような店があるからこそ、遠い異世界での出稼ぎ労働を頑張れるのであった。


 と、その時である。

 リンの小さな尻が振動した。

 恐る恐る……尻ポケットにしまったスマートフォンを取り出す。

 果たして、その画面に表示されたのは――翌日の突発的な出勤要請であった。

 エルフ族の勇者たるリンであり、軟弱な日本人とは鍛え方が違う。

 だから、それそのものはあまり問題ないのだが、しかし……。


「ニンニク食べちゃったのに~!?」


 ……ラーメンにニンニクを入れる際は、その後の予定に注意しましょう。

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