第三問・忍び寄る脅威
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「よし! 狩れたぞ!!」
誰かの叫び声に呼応して、一斉にわああああっ、と歓声が上がった。それを聞いて、小林は漸く、一息つくことができた。
(今回の獲物は……吸血蝙蝠、十五匹か……)
ぼんやりとしつつもカウンターに表示された数を確認し、スマホに打ち込む。狩人の管理の一切を担う機関、Huntersの公式サイトの、自分のアカウントから討伐数を申告することで、相応の給金が振込まれる。ズルをする奴は余り居ない。万一自分の獲った数より多い討伐数を主張したとて、ランクに見合っていなければ即叩かれるし、不正がバレれば免許が没収されるだけだ。リスクの方が大きい。
打ち込み終わり、ウエストポーチからペットボトルを取り出す。緊張と汗で、体の水分がかなり引いてしまっていた。
襟元を寛げると、ひんやりとした山の空気が入り込み、気持ちいい。
吸血蝙蝠は【危系序列】第五位の強者だ。一匹一匹に大した強さはないが、集団で来るので、絶対に一人で戦ってはいけない。集まった狩人の、一時的な協力集団(所謂クルー)を結成し、万全の態勢で戦うのが鉄則である。いや、ランクが八段程の強者になれば単独で捌ききれるのだろうが、小林のような六段段位ではその行動が死に直結してしまうのだ。何故なら、その《偏性能力》は《換骨奪胎》――吸血した相手の脳を操る能力なのだから。これを受けてしまえば、まともな生活はもう送れないとさえ聞く。
小林も、何度か木々の隙間からの不意打ちを受けるたびに肝が冷えたし、もしも噛まれていたらと今でも冷や汗が流れるほど、それを恐れていた。
「噛まれた奴はいるか?」 なんて呑気な声が聞こえたが、無視。どうせ、経験の浅い狩人が、後輩狩人にポイントをあげようといきがっているのだろう。噛まれた奴は即刻切り捨てなければ俺らが危ないし、そも、噛まれたりなんてした人間は、恐怖の余り前後不覚になるだろうから、まともに返事が出来るはずがない。狩人なら、そんな事例は嫌というほど見ている。
その時、小林はお、と思った。今日の討伐番付に、また例の名前が載っているのを見つけた故だ。
「『音霧唄乃』……」
「あ、小林も気づいたか」
隣の福村が反応に、「ああ」と返す。
「火喰鳥討伐か……。此奴三段段位者だろ? 眉唾だな」
「全くだ」福村は首を縦に振る。「三段っつったら最下位の雪猪単独討伐が基準だろ? それに、狩人の名家の音霧家な癖して、もう一年以上三段。信じらんねぇ」
福村の言うとおりだった。『音霧唄乃』は何もかもが異質で、狩人の常識を外れた存在だった。
モノが刀、そして二刀流、というのは、苗字の『音霧』からして納得はできる。音霧家は専門がそれで、代々その技が伝えられているのは周知の事実だ。
だが、――例えば、現役のエリート狩人・音霧琵琶子が挙げられるように――音霧家の者は大抵高段位者揃いであるのに、『音霧唄乃』はそうではない。――――よりにもよって最低段位の三段だ。そんな彼女を、『音霧の鉄屑』と揶揄する者も少なくない。そうかと思えば、【危系序列】第七位の火喰鳥の単独猟を成功させるなど、理に背いているとしか思えないようなことをする。
一体何なんだ、此奴は。
きっと、全狩人が一度はそう思ったことがあるに違いない。
……考えうる可能性としては……。
「筆記でやられ続けている馬鹿、とか?」
「なんだそれ」福村は肩を竦める。「学生なんだから、普通俺らより脳生きてるだろ? それに、……えーと、三段が条例内容の暗記だから、四段は全危険種の【危系序列】と《偏性能力》の名前の暗記と詳細か。そんなん判らなくてどうやって狩人すんだよ」
「だよな。……もしかして、だけど、ゴーストライターならぬゴーストハンターがいるのかもな」
「さてな。もしそうだとしたらやばいけど」
――――と。
その時、小林の視界の端で何かが蠢いた。
「!?」
咄嗟に、自分のモノである小型の猟用拳銃を向ける。相手が確実に人間ではないことを刹那のうちに確認してから、それを撃つ。聞き慣れた破裂音に、他の狩人の意識がそちらへ向いた――。
刹那。
大きな輪っかが爆発するように広がった。広がり方が急なだけで音は無かったが、ひどい風圧に顔を叩かれる。
「う、うわぁ!」
「何だ!」
示し合わせたように、皆一斉にその輪から距離を取る。小林や福村も退がったが、輪の場所上、最前列に位置することになった。
(何が来ても、真っ先にやられる)
小林は平静を装いつつ、拳銃を構える。すると、水の泡のようにプカプカ、ユラユラ、と揺れていたその輪から、突如再び衝撃波が起こり、周りの下草が薙ぎ倒され、木も音を立てて皮が裂けた。
「なぁ、おい、これって……」
福村の声に被せるように、ザッ、と軽い音を立てて地面に足が降り立つ。輪が徐々に徐々に上へ昇って行き、風圧から起こる風を撒き散らしながら足の持ち主の頭を吐き出す。その頭には、飛ばないように手で押えられたカンカン帽を被っていた。どうやら、一人のようだった。黒いマントを羽織った、若い青年だ。留金が一瞬日光を反射し、眩しく目を射る。
「こんにちは、狩人の皆さん」
柔和そうな声が口から零れ、これまた柔和そうな笑みを向けられる。容姿はなかなか整っているが、華やかさや風格みたいなものは無い。寧ろ雰囲気は何処にでもいる文学部の大学生、といった感じだ。カンカン帽から覗く髪は青みがかかった黒で、ひ弱そうな白い肌を殊のほか強調している。
だが油断するな、と本能が叫んでいた。故に、小林は拳銃を下ろさずにいる。狩人として生き残ってきた者特有の勘だった。
青年が、頭の上に天使の輪っかのように浮かぶそれを目だけで見上げ、そうしてパチンと指を鳴らした。途端、輪は急激に収束し、最後は丸い水のあぶくのようになる。その後、腕を伸ばした青年の指につつかれ、弾けて消えた。
「驚かせてすみません。何しろ、吾輩は余り歩きたくないものですから……」
気弱そうに青年は笑う。
小林は警戒を緩めず、問うた。
「お前は……誰だ? 何をしに来た?」
「ああいえ、吾輩、皆さんに少し、尋ねたいことがあるだけなので……あまり、そんな、肩肘を張らないで下さい」
「訊きたいこと…………? ……なんだよ」
福村が応じると、「あ、良かった、協力してくれます?」 と安堵の表情を浮かべ、竜胆色の瞳をこちらへ向けた。
「皆さんは、別宮寒太、という少年を知っていますか?」
……別宮……寒太?
聞き覚えのない名前に、小林は首を捻る。
「誰だ、それは……?」
大体の人が一様に「判らない」という中、一人だけ、「あ」と声を上げる者があった。全員――青年も含め、彼に注目する。
「この前狩りで深手を負った時病院に行ったんだが、そん時その名前を聞いた気がする……」
ガタイのいい、顔に幾つもの傷がある男がそう言うと、青年は「そうなんですか」と頷いた。
「それ、何処の病院ですか?」
「ええっと、……そうだ、マツヤマ中央病院、だな」
マツヤマ中央は、四国の中で最大の病院だ。その規模を活かして、様々な分野での医療を受け付けているところである。極めて認知度の高い病院だ。
特に狩人は、危険種と戦うため、相応に危険種特有の、特殊な治療が必要とされる怪我をすることがある。そんな時、マツヤマ中央の世話になることが多い。その特殊な治療を施せる医師が、資格試験の難易度ゆえに全体量が少なく、総じてマツヤマ中央に勤めているからだ。
「そうですか。ありがとうございます。良かった、収穫無しは嫌ですからね」
青年はニコニコと微笑み、丁寧に礼をした。そこで、隣の福村がなんかに気づいたように、勢いよく頭を上げた。
「お前がさっき使ってたの、四灘海牛の、《万物逆旅》……だよな……? なんで……」
その台詞に、小林ははっとなる。先程の輪っかに何処か既視感を覚え、引っかかっていたのだ。確かに、それならついさっきの現象の全てに説明がつく。だが、それならそれでおかしい。四灘海牛は海に生息する危険種だ。陸に居るはずがないし、そもそもこの青年は数分前、その〈偏性能力〉に用いられる泡を操っていた。
いや、とさらに仮説を否定する。
それらを可能にする条件が、一つだけあった。
「真逆、お前、《遺伝子持ち》か……?」
誰かが恐る恐る言うと、「はい」と青年は素直に答える。
「珍しいでしょう? 便利なんですけど、移動時に毎回風圧と速度が凄くて……」
「ああ、まただ」と今更ながら、中に着込んでいる温泉宿のもののような浴衣の襟を揃え、ズレた外套を正す。
その留金を見て、小林は目を剥いた。
禍々しい三本足の鴉が描かれた、丸い形の、留金。
それが表すものは――――――。
「そう、言い忘れました」青年が微苦笑した。その笑顔に、ただただ怖気が走る。
「吾輩は[鴉]の構成員が一人、鵜飼水脈と申します」




