大問二〈下〉・やってて良かった、音霧式
「じゃ、早速なんだけど寒太、何処か行きたい場所はある?」
寒太が今、何処へ向かっているのかは判らないが、あたしはついて行っていた。並んでみると、十センチ以上の身長差をまざまざと感じる。
「何処でも良いよ。ま、マツヤマ区域ないが安全だと思うけど……そうだな、オススメは……」
「黙れ」
……ん?
「え、今何て?」
「だから黙れと言ったんだ、このカスが」
……おう、さいですか。
先程とは口調が全く異なっている。どういう訳か、態度が大分キツい。ついでに言うと、一瞬こっちを振り向いた時、睨んでいた気がする。
「寒太くん……? ど、どうしたのぉ……?」
後ろに居た望が、おずおずと口を開く。「な、なんかさっきとは別人みたいだよぉ……?」
はぁ、と寒太は溜息をついた。
「演技に決まっているだろうが。ああしていないと、大人の前じゃ面倒臭いだろう? そんな事も判らないとは、余程おめでたい脳をしているんだな」
「うわ、毒舌だな……」あたしが思わず呟くと、彼は「何と言ってくれても結構」と肩を竦めた。
「あと、僕の周りをウロウロするな。目障りだ。護衛も必要ない。行きたい場所もないから、従って、何処か勝手に好きなところへ行ってくれ。僕の視界から消えてくれればそれで良い」
「…………」
閉口。
この子、相当に性格捻じ曲がってるな。見た目からは全く想像できないくらい不遜な態度だ。けれど、こちらも、はいそうですか、ならご機嫌よう、と引き下がるわけには行かない。金銭が関わっているのだから。もし寒太をちゃんと護衛していないことが鹿野川先生にバレたら、収入が無くなってしまう。それだけは避けたい。
そういうわけで、あたしはこの不遜な毒舌児を説得することにした。
「危険種の怖さを知らないからそんな事言えると思うんだけど、離れるのは駄目だよ。何が起こるか判らないんだよ、伊予の国じゃあ」
「僕が……」寒太は何か言い返そうとしたが、何故か一旦やめた。「……それでも、問題ない。帰りは、鹿野川先生に送ってもらう手筈になっている。それまでは学校に居るから、心配には及ばない」
「その間のもしもに備えるんでしょ。君は弱いんだから、本当にどうなるか判らない……ってか危険種にあったら、百パー死ぬ」
「学校にいれば大丈夫だろうが。警報は作動するし、いざという時の対処法も頭に入っている」
「危険種相手じゃ、その油断が命取りなの!」
「くどい」彼の眉間に皺が寄る。「油断しているわけじゃない。お前らの力を借りなくても、然るべき対応が出来ると言っているんだ。お前らが関わらなくても構わない」
「で、でもねぇ、唄乃ちゃんと君は、契約状態にあるんだよぉ? わがまま言っちゃ駄目だよぉ!」
望が詰め寄って反論するも、寒太は意に介さずというように聞き流した。
「契約状態? たかが知れているな。契約書も何もなく、何時でも破棄でき、そんなものは無かったととぼけられる。可愛い契約だな」
「き、君ねぇ……、なんでそんな口利くかなぁ……」
「口の利き方など、本人の自由だろう」
「で、でも、ムカつくの! やめてもいいじゃない!」
望の台詞に、ハッと鼻で笑って寒太は返す。
「そんな感情論で言われても。なら、お前はムカつくからといって人に死ねとか言うのか? お前がムカついたら、人に生きるのを辞めろと請求する権利があるのか?」
「か、寒太くん……あのねぇ……」
うーん、こういうタイプの子は…………。
「望、もういいよ」
これ以上は続けても、不毛なだけだとあたしは考え、望にストップをかけた。寒太はそんなあたしを見て、フッと鼻で笑った。
「見た目からして、音霧の方が頭が悪そうだと思っていたが、そうでもないようだな。ああ、勿論、鹿野川先生には僕から給与を止めないように言っておいてやる。そのまま何処へでも勝手に行ってくれ」
「唄乃ぉ……、本気で良いのぉ……?」
「本人がそう言うなら、放っとけば良いよ。それに、校内に留まるって言ってるし……それは守ってくれるんでしょ?」
「ああ、約束しよう」
寒太はこくり、と首肯した。なら決まり、とあたしも頷く。
「さっきスマホ見たら危険種出たってなってたから、あたしはそっち行くね」
「でも!」 望はまだ続けた。「本人がこう言っているからって、なんで信用するの、唄乃ちゃん!」
「ああ?」 望の発言に、寒太は不快そうに眉をしかめる。「何故信用できない? 僕が自分から下手な手を打つような馬鹿だと思っているのか?」
「だって君、如何にも何しでかすかわかんないじゃん!!」
「大丈夫、落ち着いてよ、望」あたしは喚き続ける望の肩を軽く三回タップして落ち着かせ、そのまま腕を掴んでズルズルと引っ張っていった。
「そういうわけであたしたちどっか行くけど、絶対にここから出ちゃ駄目だよ」
振り向き、寒太にそう言い残すと、まだ噛み付く望を狩人の腕力に物を言わせて引きずり、あたしは階段を下りた。寒太はそれを、無表情で見送っていた。
「唄乃ちゃん! どうして?!」
階段を下り、教室に戻るとすぐ、望は大声を上げた。他の生徒は大体部活などへ出払い、そこには誰も居なかった。
「ああいう子は、ああしなきゃ駄目なの、望」
「どういうことぉ……?」
「あの子はかつての箏と同じと見た」
キリッとメガネを上げるジェスチャーをし、「つまりね」と説明を始めた。
「箏はあたしの弟なんだけど、最初の反抗期が来た時、何言っても寒太みたいに反論して、あたしと琴乃を言いくるめようとしていたの」
「へ、へぇ……」
あの時は本当に大変だったと思い返す。年の割には頭が回り、それでいて頑固な子だったから、どんなことにもあらゆる理屈をつけて反論された(最も、今はかなり収まっていて、当時の事を話すと「その時分の僕は若かったんです」と半ば恥ずかしそうに返される)。
「そういうイケナイ子には!」 ビッと腕を望に向かって伸ばし、精一杯のドヤ顔を決めた。
「音霧家教育法第一項!! 兎に角その身を以て判らせる!」
「いやいやいやいや! 危険種が絡んでるってのに、それは無いよぉ! 身を以て判った直後に喰われてデッドエンドだよ!」
確かにあのまま放置しておいて、外へ出て危険種と鉢合わせた瞬間、彼の寿命は決まったも同然だろう。ただ、要はそうならない様にさえすれば良いのだ。
「だから、あたしたちは下駄箱付近で待ち構える! もし寒太が外へなんて出てったら、その跡を附ける! そうして、危険種に襲われそうになって、喰われる寸前! ……そこへ! あたしたちが身を呈して寒太を助け、こう言う!」
刀を鞘に仕舞う決めポーズをして、あたしはイケボをイメージし、声のトーンを落として言った。
「……“だから、言ったでしょ?”」
「な、成程ぉ!」
目をキラキラと輝かせ、望は手を打った。「そうだねぇ! 一度身を以て危険種の怖さ思い知らせれば、次から絶対あんな生意気な口聞けないもんねぇ!」
そこで、ふと、望は真顔になる。
「あれ、でも、唄乃ぉ、危険種出たって言ってなかったぁ……?」
「あ、それ……」てへ、と頭に手を回す。「一応、嘘じゃないけど……ほら、あたしトライ・ランカーじゃん? ああいう“私猟”は押しのけられて終わりだから、行かない方がエネルギー無駄に使わなくて済むし?」
「それってぇ……九割九分唄乃の責任だよねぇ……」
望ははぁ、と溜息をつき、やれやれと首を振った。
狩りには主に二種類ある。“私猟”と、“公猟”だ。
私猟は、危険種が出た際に、一般人などがHuntersに通報して、Huntersに登録している全狩人、または特定の狩人だけに、情報端末などを通してその所在が回され、それを元に狩りをすること。簡単に言ってしまえば駆除依頼だ。他には護衛であったり、稀に危系序列が上の危険種と遭遇してしまった狩人が、人手を借りるために依頼したりする場合も指すが、共通して言えるのは、ランクが高い狩人程仕事が回ってき易いことである。
一方公猟は、狩人が日常の中で偶然出会った危険種を、その場で狩ることである。今朝あたしが行った狩りのことだ。こちらは出会えさえすれば良いので、ランクは関係ない。だから、あたしみたいな低ランクでも出来たわけだ。短所を挙げるとするなら、うっかり超高序列と当たってしまうと、助けを呼べるとは言え、致死率が跳ね上がってしまうことだろう。
あともう一つ、“国猟”もあるが、これは滅多に行われない。
「これに懲りたらぁ、ちょっとは時間を惜しんで勉強することだねぇ」
「嫌だなぁ……あ、逆に望は? 今日オペとか……」
「うぅん、オレは大丈夫だよぉ」
ならば、だから、とあたしと望は同時に頷く。
荷物を纏めてロッカーの中に隠し、寒太を見張るため、下駄箱付近のあるポイントへと向かった。




