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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第四章 草原の国 ”スケロス”
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4-3 之を楽しむ者に如かず

「ぬししゃま!」


その後、街中をぶらついて情報を集めるも、同じ様な話しか聞けないので夕食をとって風呂に入り早々に寝る事にした。


が、寝入り(ばな)に別室のドーラがターロを呼びに来た。


「どうしたの?」


「おねえちゃん、へん」


「変?」


既に熟睡しているアウロはそのままにして、ターロとメトドで行ってみるとテュシアーが激しく(うな)されている。


「テュシアー!」


メトドが揺すり起こすと、


「きゃあああ!」


と叫んで目を覚ますテュシアー。


間一髪でターロがサイレンス(静寂)の魔法をかけたので、他の宿泊客には迷惑はかからなかったようだ。


「ああ、、、夢、、、だったのですね」


まだ、喘いでいるテュシアー。


「どうしたのだ?」


メトドが訊くと、青ざめた顔でテュシアーは応えた。


「あの、祭壇内で見せられたことが、、、」


「祭壇、、、あの幻影?」


メトドがターロに助けを求めて振り返る。


(PTSDか、、、)


勿論前世の知識があるターロには不思議な出来事ではない。


「メトドさん、これはね、前世では”P(心的外)T(傷後)S(ストレ)D"(ス障害)と言われていたものでね、要するに、大きな恐怖の後に起こる反応なんだよ」


「そんなものが、、、」


「別に特別なものじゃない。夢に昔の嫌なこと、怖かったことが出てくるなんて、よくあるでしょ? それの少し酷いやつだよ。 時間が経って、もう安全だ、と分かれば治るよ」


テュシアーを安心させるために、(わざ)と軽く言うターロ。


実際はそんなに簡単なものではないと分かっているが、薬も医学的知識もないので暗示をかけるより仕方ない。


「明日はゆっくり出発するから、もし寝られないのなら眠くなるまでお話でもしてなよ」


とターロは、眠くてカクカクしているドーラを抱っこし、二人だけにして出ていってしまう。


「あ、、、ターロ様、、、」


メトドは追って行こうと寝台から腰を浮かせるが、テュシアーに服を掴まれていて立ち上がれなかった。


「メトド様、、、」


「む、、、」


沈黙が流れる。


「取り敢えず、離してくれないか?」


「は! す、す、すみません」


無意識に握っていたようで、慌てて離す。


自由になったメトドは寝台から立ち上がり椅子に座った。


暫くして、


「私、、、」


とテュシアーが口を開いた。


メトドはじっとテュシアーを見つめるだけで何も言わず続きを待つ。


「自分はもっと強い、と過信していました。あの様な幻覚を見せられただけで魘されるとは、、、」


そう言う彼女に、メトドはゆっくりと応えた。


「貴方は強い。あの精神攻撃に耐えて生還したのだ。あれは天使が作った魂を採取するための装置。本来なら入ったら出られるようなものではない」


「、、、メトド様がいなかったら、、、間違いなく出てこられませんでした、強くなんか、、、」


その言葉には応えず、じっとテュシアーを見据えるメトド。


テュシアーは気まずくなって赤面したまま俯く。


「私は親を早くに失ってね。母の兄の家に引き取られた。そこで虐待を受けてね、、、」


唐突に重い過去を語りだすメトドに、テュシアーは戸惑う。


「今でもその時の事を夢に見て魘されることもある。もう三十年以上経ったと言うのにな、、、」


なぜその様な話をするのか測り兼ねて、テュシアーは無言で次の言葉を待つ。


「しかし、その境遇のお陰で私は魂力を得た」


「メトド様の魂力、、、真実を見抜く力、、、」


「そうだ。今から思えばだが、私は自分を守るために人の顔色を見たり(・・・)、薬草かどうかを見たり(・・・)、安全な道かどうかを見たり(・・・)、、、。 その結果、”見抜く目”という魂力を得た。その割に、物をよく観察しておらず、ターロ様に蒙を(ひら)いて頂いたわけだが、、、」


「あ、あの牛の絵の話ですね?」


「そうだ。あれには驚いた」


「私もです、、、」


話が逸れてしまったな、とメトドが笑う。


「何が言いたかったかというと、心の傷を癒やすのは難しい。体の傷と同じで、治っていないのに動くと開いてしまう。だから、治るまでじっとしていてもいいと思う。だが、その傷を受けたことから何かを学べるかどうか、は別の話だ」


上手く言えないな、と自嘲気味に笑いながらメトドは続けた。


「今回の貴方の事とは少し違うのだが、、、」


と前置きして、


「なにか辛い目にあった後、この辛さを誰にも分かってもらえない、と嘆く者がいる。しかし分かるわけがない、他人だからな」


一呼吸おいてテュシアーの反応を見る。


「それに分かってもらったところでなにか変わるのだろうか? 同情をかうことは出来ても事態が好転することはないと思う。結局は自分で変えるよりない。どんな苦しく辛い事でもそれを糧にして前へ進むか、何時(いつ)までもそれに囚われその場から動かないか、、、要は考え方だと思うのだ」


要するに心の傷は無理になにかして、余計悪化させるようなことはせず、自然に治るまで気楽にする。


しかしその傷を負うにあたって経験したことは、一つの経験として、切り離して考えて今後に活かす。


「ということだ」


とメトドはまとめた。


「、、、分かった気がします。 メトド様はご立派ですわ、、、」


そういうテュシアーに、メトドは返す。


「いや、こういうふうに考える様になったのは、前大賢者様に幼少の頃お救い頂いたのと、現大賢者であらせられるターロ様の旅のお供をして来ての事なのだ」


「二人の大賢者様、、、」


「そう。子供の時にそれを、、、幼すぎたのだな、はっきりと言葉に出来るほど理解できてはいなかった。だが、ターロ様と旅をして、分かってきたというか、、、。イッヒー大賢者様、ターロ様、お二人に共通することは、恐らく、”楽しむ”ということではないだろうか?」


「楽しむ?」


「ああ。彼らは行動するとき、そこに何かしらの楽しみを見つけておられる気がする。それが無駄な迷いや悩みを抱えぬ秘訣と言うか、、、、やはり上手く言えんな。これからターロ様と一緒に旅をするうちに分かってもらえると思う」


「メトド様は、本当にターロ先生を尊敬なさっているのですね」


テュシアーはクレーネーの中央公館での魔法教室以来、他のクレーネー市民と同じ様にターロを”ターロ先生”と呼ぶようになっていた。


「そうだな。心の師と仰いでいる。本人はやめてくれというのだがな」


とメトドは笑う。


「、、、私もメトド様にそれくらい大切な人だと思って頂けるよう頑張りますわ、、、」


テュシアーが潤んだ瞳でメトドを見つめながら言う。


「む、、、」


その真っ直ぐな視線に少し気圧されたメトドは、誤魔化すように話を元に戻した。


「ともかく貴方は、私の様に既に発現している魂力で影響を受けなかったのではなく、私が少し助けたにせよ、最後は自分の力で天使の邪な仕掛けを破ったのだ。誇っていい」


(よこしま)を破る、、、、」


テュシアーの心に何かが響いたようだった。

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