1-8 初めての授業
「では、アウロを呼んで参りましょう」
というメトドに、
「いや、彼は外で待っているんですよね。では俺が行きます。青空教室は気持ちが良い」
と言って外に出た大田。
ロエーとメトドも興味津々といった躰で付いてくる。
外に出ると、倒れて長椅子のようになっている丸太にちょこんと腰掛けて待つアウロがいた。
「やあアウロ。俺の看病をしてくれていたんだって?有難う」
と大田は声を掛けながら、アウロの右側へ座った。
「いえ、、、そんな、、」
他国の貴人だと思いこんでいる大田から急にフレンドリーにお礼を言われ、アウロはどぎまぎしている。
「アウロは魔法の勉強が嫌いなんだって?」
唐突にこんな質問をされて困惑しつつも、
「うん」
と頷くアウロ。
わけが分からな過ぎて素に戻っている。
そんな様子を全く意に介さず、大田は話を進めた。
「どうして?」
「だって覚える事が多すぎるんです」
「? 覚えるのが嫌なの?」
「うん」
「んん〜、いろんな事を知るってたのしいんだけどな〜」
「僕は鼻笛を吹いている方が楽しいんです。みんなは僕の魔力量が多いからって、魔道士になれ、なんて言うけど、僕は笛が吹きたい」
と言って鼻笛を取り出す。
「な〜んだ。アウロは魔法の勉強よりしたい事があるってだけで、嫌いってわけじゃないんじゃない」
「、、、そうなんでしょうか?」
「きっとそうだよ。でもね笛を吹くのにだって魔法は色々と役に立つんじゃない?」
「え?」
「それ鼻笛って言うの? ちょっと吹いてみてよ」
何だかわからないが促されるままにアウロは笛を吹く。
じっとその様子を観察する大田。
「上手だね。この楽器、難しいの?」
「音を出すのはそんなに難しくないけど、綺麗な音で曲を奏でるのは難しいかも、、。」
「へー、貸してもらえる?」
え? 貸すの? と思いながらもアウロは差し出した。
大田はその笛を受け取って、
「こうかな?」
と鼻にあて、低い音、高い音を確認する様に出す。
「うん、音は出るね。」
とつぶやいた後、魔力を肺に溜め、吐く息に混ぜ込んでイメージを高める。
そしてゆっくりと吹き始めた。
ヴァン・エイク 涙のパヴァーヌ
鼻笛から紡がれるたっぷりと魔力がのった音の波が全方向に伝わってゆく。
鼻笛の音色に集まってきた森の小さな精霊たちが、その音にのった魔力を浴びると、この世での仮染の躰を手に入れた。
その躰で曲に合わせて優雅に舞う。
うわー、森の精霊達がこんなに、、、、。
これほどはっきり目に見える精霊の実体化って、、、、。
集まってきた里の人々も精霊の踊りに驚き、そして大田の演奏に聞き惚れた。
やがて曲が終わると精霊たちは大田の周りをお礼をするかのようにゆったり飛び回り、薄れて、もとの世界に帰っていった。
「ね。魔法が使えると音楽にも応用できるでしょ?」
「、、、、」
声を掛けられても、今見た光景、聞いた曲が現実のものだと受け入れられず、固まってしまっているアウロ。
「おーい、帰ってこーい」
アウロの目の前で大田がひらひらと手を振ると、
「え! ええーっ!? 今のは何ぃ?!」
「お、急に再起動したな」
「お、教えてください! 教えてください! 教えて! 教えて!!」
興奮して腕をもがんばかりに引っ張るアウロに、鼻笛を返しながら、
「勿論、教えるから、先ず落ち着こう。それとね、鼻笛だけ練習していても今みたいに吹けるようにはなれないよ」
「じゃあ、、、どうすれば」
「色んな事を学ぶんだ。それが君に深みのある表現を可能にさせる。先ずは算学からだね」
「? ええー! 算学ですか!? 本当に音楽と関係あるんですか?」
うふふ、餌に食いついてきたぞ、と悪い笑いを浮かべた大田は言う。
「おいおい、アウロ君。君はこれから聞いたり作ったりした曲、全て覚えておくつもりかい?」
さっきから話が飛ぶので、アウロは付いていけない。
「え、、、出来るだけそうしようと思っていますけど、、、」
「覚えるのには限界があるし、そもそも君が死んだら君の覚えた曲は消えてなくなっちゃうよ?」
「じゃあどうしたら、、、、」
「そこで算学の登場さ」
「え? どうしてそうなるんですか?」
「これを見てごらん」
と言って大田は枝を拾って、地面に五本の線を描き、そこに今吹いた曲の出だしを歌いながら、オタマジャクシを埋めていく。
「これは楽譜と言って、曲を記録する方法さ。これには算学の知識が欠かせないんだ」
縦が音の高低、横が長さをあらわす。
音楽の要素って、音色、音の強弱、高低、拍子って言う具合に分解できるんだ。
それをこうやって記号で記録するんだよ。
という説明に、
「えー、凄いー! これ僕にも読める様になりますか?」
「なるとも。その為にもさっきも言った通り、算学の勉強をしなきゃね」
「ええー、どうしても必要ですか?」
露骨に嫌そうな顔をするアウロ。
「うん、必要。分数とか分かってないと楽譜はちゃんと読めないよ。それで話が最初に戻るんだけれどさ、アウロは勉強って、なんか難しいことを沢山覚えるだけって思ってる?」
「違うんですか?」
「違うね。覚えるんじゃなくって理解するんだ」
? やっぱりこのお兄ちゃんの言うことは分からん、という気持ちがありありと顔に出ているアウロを見て、微笑む大田。
「じゃあ、そうだな、、、例えば、これらの数字を見て何か気付くかい?」
と言って地面に枝で数字を書く。
1 3 5 7 9 11 13
「これ位分かります。奇数です」
大賢者の残した知識に算数の初等教育も含まれており、子供らも、それなりの教育は受けているらしい。
「そうだね。じゃあ、これらをどんどん足していくとどうなるかな」
そう言って順に足した結果をアウロに答えさせながら地面に書いていく。
1
1+3=4
1+3+5=9
1+3+5+7=16
1+3+5+7+9=25
「なんか気付くかい?」
「ウ~ン、ウ~ン」
ほんとにウンウン言って考えている人を初めて見た、と大田は微笑むが、口は出さずに待つ。
「あっ、答が何かの二乗になってる!」
「おー、よく気が付いた!」
と言って空かさず頭を撫でる。
この撫でる、が重要だ。
タイミングが難しい。
無闇矢鱈に褒めてはいけない。
褒められないと気の済まない我儘な子に育ってしまう。
しかし褒めないとやる気がなくなってしまう。
本当に上手く頭を使ったときだけすかさず褒める。
この加減が自然と出来る事は良い教師の条件の一つだ。
セクハラだと言って頭を撫でるのを禁止にする学校や塾があるが、撫でてセクハラだと思われる様な人材を教師にしておくことに問題があるのであって、撫でるという行為に問題があるのでは無い。
トラブルを避ける為に何でも一律禁止にするのは、自分達に管理能力が無いことを喧伝している様な物だ。
大田は褒めただけで終わりにはしない。
「じゃあどうして奇数を足していくと、自乗になるのかな?」
「えー、だってなってるんだから、そういう物なんじゃ、、、」
「そういうふうに決まっているから?」
「うん」
「それじゃあ、アウロがつまらないって感じた勉強の仕方と同じだけど」
「あ、、、」
「それでいい?」
「、、、良くないです」
(よし、自分で駄目だとちゃんと認められたな)
必要以上に追い込んでも意味はないので、バツが悪そうにしているアウロに助け舟をだす。
「じゃあ、図で描いてごらん」
「図で?」
「そう。例えば1は○」
と言って地面に○を描いて、枝をアウロに渡す。
「じゃあ1+3が4でしかも2の二乗だって分かるような図は描けるかな?」
と投げかけて後はひたすら待つ。
いろいろ試行錯誤して、描いては消し描いては消し、とした末に、
「あっ、先生これでどう!?」
興奮して大田を"先生"と呼んでいる事に気付いていないアウロ。
○│○
─┘
○ ○
「そおーだ。思いついたね。凄いぞ!」
と言って、今度は少し乱暴に撫でる。
アウロは嬉しさと誇らしさが同居した満面の笑みを湛えている。
「これに気づけば、後は簡単だろ、そこに5を足してごらん」
言われてアウロは、こう描き加えた。
○│○│○
─┘ │
○ ○│○
───┘
○ ○ ○
「そ〜か、奇数は2ずつ増えるから、どんなに増えてもこの規則は変わらないんですね」
「そのとおり。すごいじゃないか、数字の秘密を一つ暴いたぞ」
褒められて鼻を膨らませているアウロ。
「どうだい? そういうふうになっている、っていうことだけでなく、どうしてそうなっているのか考えれば、勉強って楽しいだろ?」
「はい!」
アウロの元気な返事が里の広場に響き渡った。
推敲作業をしていて気付いたのですが、アウロが描く図は縦書きで読んでいると何のこっちゃ分からなくなりますね?
縦書き変換してお読み頂いている方は、お手数ですが横書きでご確認ください。