1-5 守部の里1
(ああ、、、助かった)
鉱山の労役で足の皮は丈夫になってはいるが、毒のある生き物や、折れた枝の先などは踏みたくない。
そこで大田は森の民から丈夫な革袋を二袋貰い、それを紐で括った即席の靴でなんとか森の中を進んだ。
弱った体では付いてゆくのがやっとだが、大田に合わせて速度はだいぶ落としてくれているようだ。
加えて、狩りの時に使うのか、獣道の様に踏み固められているので思ったより歩きやすい。
色々聞きたい事はあるが、歩くのがやっとで会話する余裕はなかった。
向こうも大田への警戒の視線は途切れさせないが、話しかけても来ない。
時折、鼻に当てて鳴らす不思議な笛で、どこか遠くと連絡を取っている様だ。
遠くからも返事らしき旋律が聞こえてくる。
会話出来ない分、大田は彼らを観察した。
男たちは皆、細身ながらもよく鍛えられている印象だ。
髪は銀鼠とでも言うのだろうか、美しく灰がかった白で皆長く延ばしている。
それを邪魔にならぬよう頭の上で団子のように束ねていた。
身長も、今の大田より少し高いくらい、175センチ前後の者が多い。
肌の色は白く、切れ長の目と、通った鼻筋。前世の基準で言ったら美男子揃いだ。
耳が少し尖っている。
髭をはやした者はいない。
(まるでエルフだな)
そんな事を考えながら三十分ほど歩いた頃、
「そろそろだ」
リーダーらしき男がそう大田に告げてから少しして、森が開けた。
「ここが我々の里だ」
二重に張り巡らされた柵の中に、所謂、竪穴式の建物が点在している。
百弱はあるだろうか。
かなりの規模だ。
大田が疲労で膝に手を充てて喘いでいると、村の奥から高齢の男性が歩いてきた。
「鼻笛で報らせて来た、森で拾ったという男というのはそやつか?」
「はい、長老様」
この男が長老か。
第一印象が肝心だ。
しっかり挨拶をしておこう。
こう思った大田は、疲れて立っていられない事もあり、跪くとこう言った。
「皆様、お騒がせして申し訳ありません。俺の名はライン・ゲドゥルトゥ・ホーフエーベネ。ホーフエーベネの王子でしたが、ペレエダーニェに滅ぼされ奴隷に落とされて、上流の鉱山で労役させられていたところを、なんとか逃げてまいりました」
この口上を聞いていた者たちがざわついた。
「なんと、、、殿下でありましたか。証拠は、、、と言っても示せる物はあろうはずもないな、、、」
「おっしゃるとおりです。信じていただく他にございません」
「いいえ。メトド」
長老が呼ぶと、川岸でも会った杖を持った男が進み出てきて再び大田に向かって何やらゴニョゴニョとやった。
少しして、
「この方のおっしゃっていることは本当です」
と告げると、周りがまたざわついた。
メトドと呼ばれた男の、大田への言葉遣いも改まっている。
「左様か。これは失礼いたした。大事故、魔法での検分御容赦願いたい。私はロエー。この里の最長老です。殿下、いくつかお聞きしたいがよろしいかな?」
無言で大田は頷く。
「お疲れのようだで、手短に。先ず、殿下は逃げおおせた後どうなさるおつもりでしたかな?」
大田はラインの記憶にある通りの事を言うことにした。
「この森の奥の大賢者様が隠棲なさっていたという方丈を訪ね、縁のある方に御助力を乞おうかと、、、」
「成る程、では、ここに辿り着けたのは大賢者様のお導きですな」
(?)
どういう事か訪ねようと思ったがその前に次の質問が来る。
「もう一つ。聞くところによると、貴方様は気配を消していたこの者等を察知したとの事。そして貴方にはいくつかの気配のようなものが重なって感じられる。これはどういう事なのか、ご説明いただきたいのじゃが」
あの笛でこんな複雑な情報のやり取りが出来る事に驚くと同時に、本当の事を言うべきか、どうしようかと迷っている最中、疲労がピークに達した大田は、崩れるように倒れ込んで気を失った。