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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第二部】第一章
199/678

2·1-5 テュシアーの場合2

「結局どういうことだったの?」


ラパノスがターロに尋ねる。


彼女は"聖女"。


その治癒魔法は魂力によるもので、厳密に言うと魔法使いなわけではない。


貴族の様に幼少から魔法の英才教育を受けていない平民出身の彼女には魔法の知識があまりなかった。


「空気中の魔力は体内に取り込まれると、人ぞれぞれ違う波動を帯びます」


「そうなの?」


「はい。だから魔力移譲するには魔力を相手の波動と似せて加工するんです。そうするとより近い波動に導かれて魔力が移っていきます。魔力操作に長けた高位の魔術師しか魔力移譲を使えないのはそういうわけなんです」


「へー。でもそれが今回の事とどう関係しているの?」


「この人形の魔法陣は、髪の毛の持ち主の波動にあわせて魔力を加工する術式と、本来細胞を活性化する魔力を不活性化するように加工する術式が組み込まれています。加工された魔力は放出されるとお嬢さんの波動に引き寄せられ体内に取り込まれる、という仕組みです。だから、浄化してもまた体の中に溜まってしまったし、もっと近い場所にあったら空気に散ってしまわずより沢山取り込む事になっただろうから本当に危ないところでした」


「ふーん」


分かったような分からなかったような顔をしているラパノス。


多分、分からなかったのだろう。


「魔力って、水のような性質があるのかな? 大気中に水蒸気みたいに漂っていて、、、じゃあ川に相当するものは、、、あ!」


とターロは一人でブツブツ言っていたかと思うと、メトドの顔を見る。


「メトドさん。もしかしたら結構大変な事に気が付いたかも。イッヒーさんも気付いていたかな? 後で手帳を見てみないと。とにかく確認したいことがあるから、この件が終わったら付き合ってよ」


「は、はい、、、」


どんな事に気付いたのだろう。


気になるが今は人形だ。


ターロがイズボリーに、


「まあ、仕組みはともかく、お嬢さんの髪を持ち出せて人形をここに持ち込めた者がいるはずです」


ここで侍女の一人がこっそりと逃げ出すが、



テレポート(瞬間移動)



その逃げ道を塞ぐように転移するターロ。


「あ、、、」


侍女はその場でへたりこんだ。


家政婦長が言うにはその待女は、二月前に雇い入れた新人だという。


身元保証人はある貴族だった。


「ねえ、俺が大賢者の後継者だってことは知ってる?」


ターロがニコニコしながら尋ねる。


「、、、は、はい」


「だから俺に嘘は通じないよ。だってね、、、」


侍女に聞こえないくらいの小声で唱えた。



ヴィジョン(幻影)



その魔法はこの部屋にいる者全員にかけられたようで、一瞬にして場所が変わった。


ここは、、、、


(おの)が罪、全て白状せよ! さもなくば舌を引き抜くぞっ!!』


地獄の裁定所。


閻魔大王とその左右には司録と司命(しみょう)という書記官が控え、嘘を見破る浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)が設置されている。


「き、きゃぁぁ〜〜っ!!」


侍女は恐怖のあまり失神寸前だ。


ターロからすると陳腐な定番(コテコテ)の地獄の(イメージ)だが、この世界の者にとっては見たこともない恐ろしい光景。


「な、な、な、何でも、申し上げます」


あっという間に自白。


幻影が解かれた後も呆けたようになっていた。


同じ物を見たリトス達の血の気も引いている。


(悪戯が過ぎたかな?)


とも思うが、拷問するよりはよいし何より早い。


自白によって分かったことは、単なる嫉妬。


この侍女の身元保証人の貴族は、イズボリーの娘の婚約者に横恋慕しており、結婚の日取りが具体的に決まったことを知って彼女を亡き者にしようとしたのだという。


「なんだそりゃ? そんなのすぐバレるだろ」


とターロは呆れるが、


「いやいや、大賢者様にお越しいただけなければ、娘は死に、真相も分からずじまいだったでしょう」


イズボリーが言い、


「確かに私達だけではあの人形には気付けなかったわ」


とラパノスも同意した。


「そんなもんですかねえ?」


ともかく侍女は連行され、すぐ近くに住むという黒幕の貴族女へも衛兵を急行させた。


その女を捕まえる際、人形に魔法陣を施した魔術師の事も聞き出すよう、衛兵に頼んでおくターロ。


「危ないから俺たちで捕まえに行くよ。居場所だけ訊き出して」


と言っておく。


待っている間、娘の容態は目に見えて良くなっていった。


体の機能を阻害する汚染魔力が完全になくなり、新しく入ってもこないので、ラパノスの治癒は完全な形で効力を発揮した。


「もう大丈夫ですね」


ターロが淹れたお茶を味わえるほどに回復した。


「美味しい、、、こんな風にお茶を味わえるなんて、いつ以来でしょう、、、」


その言葉を、イズボリーは涙を浮かべながら聞いている。


そんな風に過ごしていると二、三時間すぐに経ち、知らせが来る。


(くだん)の魔術師は城下街の外の貧民街(スラム)に住んでいるそうだ。


名を、フトヒアというらしい。


では行きますか、とターロとメトドは立ち上がる。


「私も、」


リトスが付いていこうとするが、


「場所が場所だから駄目だよ。ここで待ってて。すぐ捕まえて連れてくる」


というターロ。


「連れてくるの?  衛兵所に突き出して裁きを受けさせればいいじゃない」


というラパノスに、


「まあ、ちょっと考えがありまして」


そう応えて出ていった。


ターロとメトドは教えられた住所に着く。


廃材の板と荒布を組み合わせただけの掘立小屋。


「フットッヒッアさ〜ん、居る?」


友達を尋ねるかのようなターロ。


「何者だ」


中から荒れた声が聞こえる。


「入るよ」


と布を捲ると、


「誰が入っていいと言った!」


と怒鳴り声。


若い男が酔っ払っている。


「あ〜あ〜あ〜、酒はそんなふうに呑むもんじゃないよ」


怒鳴り声を気にせずターロが入っていく。


男が杖を手にしようとするより先に、それを取り上げ、右手を炎の剣にして男の目の前に突き付けた。


「!!」 (は、速い!)


男の酔いは一気に覚めた。


右手の炎の剣がどういう仕組みなのか全くわからないが、この男、フトヒアもあれだけの魔法陣を描ける実力があるのだ、相当な魔力がこの炎の剣に篭っていると一目で見抜いた。


「結構いい酒呑んでるじゃん。この荒屋(あばらや)に住んでて買えるようなもんじゃないよねぇ?」


分かっていて訊くターロ。


フトヒアは剣を突き付けられているので動けない。


「呪いの魔法陣でも描いて稼いじゃった?」


「く、、、あの馬鹿貴族め。もうバレやがったか、、、」


悔しげに呟くフトヒア。


「あれ?  簡単に認めちゃう?」


「フン。もうどうでもよいのだ。 、、、あの娘は死んだのか?」


「イズボリーさんのお嬢さんのこと?  助かったよ」


「ケッ、あの魔法陣を解いたのはお前か?」


「んん〜、俺じゃないけど協力はした」


「なんだそりゃ?  チッ、金持ちはあんな魔法陣じゃ死なねえってか?」


「ふう〜ん。自棄(やけ)になっているみたいだね。まあいいや。一緒に来て」


ターロはメトドも近くに呼び寄せ、



テレポート(瞬間移動)



フトヒアが気付くと知らぬ場所。


「ここは?」


「お前さんが殺そうとしたお嬢さんの家だよ」


「イズボリーの? 、、、三人同時に、これだけの距離を?」


炎の剣といい、このテレポートといい、この男はいったい、、、? とフトヒアがすっかり大人しくなったので、ターロは炎の剣を引っ込める。


急に現れたターロ達に驚くイズボリー。


「だ、大賢者様、、、これは?」


「大賢者、、、? お前が?」


ターロがイズボリーにそう呼ばれたのを聞いて驚くフトヒア。


そのフトヒアを指して、


「イズボリーさん。この男が、魔法陣を描いたフトヒアですよ」


と応えたターロ。


「な!  本当に連れてきたのですか?」


「この男の話を聞いてみませんか?」


「話を?  何故私が。魔法の知識をあのような呪いに使ったのです。さっさと獄に送るべきでしょう。私は裁判権を持っているわけではない」


不快を(あら)わにする。


まあまあとイズボリーを宥め、フトヒアに向き直って、


「フトヒア。いつもこんな魔法陣を描いて小金を稼いでいるのかい?」


ターロが尋ねると、


「そんな訳無いだろう! 私とてケパレー魔術師の端くれ。こんな事をしたのは、後にも先にも今回だけだ! あの気持ち悪い女貴族が、この男の(・・・・)娘を殺したい、というのを聞いて手を貸しただけだ!」


それを聞いてイズボリーが、


「何故だ! 私に恨みでもあるのか!」


と、問うが、


「無い訳無いだろっ!」


怒鳴り返すフトヒア。


フトヒアは田舎から出てきて、苦学の末、魔術師の杖を授かった。


そして立身の夢を抱いて貴族株獲得の試験に挑む。


しかし、株を与えられたのは、明らかに自分より実力の劣る大貴族の長男ばかり。


誰に株を分けるのかは貴族院が決めるという。


その時の主任試験官はイズボリーだった。


「けっ、株を分ける気がないなら最初から試験なんぞしなきゃいいんだ。下手に夢、見させやがって」


その場で胡座をかいて座り込むフトヒア。


それを聞いてイズボリーは返す言葉を失う。


ターロは、


「フトヒア。君は貴族に成りたいの?」


そんな事を訊いた。


「あ? どういう意味だ?」


「言葉のとおりだよ。貴族に成りたいの?」


「は?  言っていることが分からん。成りたくないやつなど居るのか?」


「んん〜。訊き方が悪かったかな?  じゃあ、どうして貴族に成りたいの?」


「あ?  安定した生活ができるからに決まっているだろう。貴族になって田舎の親に楽をさせたい、それ以外に何があるんだ」


馬鹿にしやがって、とそっぽを向く、フトヒア。


「安定した生活、ちゃんとした収入があって、親に楽をさせるのには貴族になる必要があるかな?」


そっぽを向くフトヒアにそんなふうに問いかけるターロ。


「なんだ? 何が言いたい?」


「だからさー、君、こんな魔法陣描けるんだから、それで稼げるっしょ」


と言って例の人形を持ってくる。


「はっ! 貴族でもない野良の魔法使いにまともな仕事なんてありゃしねえっ!」


そう言うフトヒアに、人形の背を示して、


「そうかねぇ?  君の描いたこの魔法陣、大したもんだよ。特に人形の腹に仕込んだ髪の毛を分析して同じ波動の魔力に加工するこの仕組みなんか俺でもちょっと思いつかないね」


とターロが言った。


「、、、そんなに、、、大賢者様が感心するほどの魔法陣なのですか?」


二人のやり取りを真横で聞いていたイズボリー、思わず口を挟む。


「ええ。この男は所謂(いわゆる)天才ですよ。この裏面と表面を連動させる発想なんて大したもんです。多分この仕組みの前例はありませんよ」


それを聞いてフトヒアが泣き出した。


「み、、、認めてくれるのは嬉しいけどよ、、、なんにもならねえんだよ。師匠について学ぶのに金は使い果たした。苦労して学んだ魔法の知識だって、こんな呪いの人形みたいな下らないことにしか使えない、、、もう、どうだっていいんだ、、、どうだっていいんだよ!  死刑にでも何にでもしてくれ、、、もう、、、、もう、疲れたんだよ、、、」


そう言って、項垂れるフトヒア。


イズボリーは、自分の保守的な考えが大賢者に天才だ、と言わせるほどの若者の人生を狂わせていたと知り、いたたまれなくなる。


しかしターロは今までのにこやかな表情から一変して、急に堅い顔になり、


「フトヒア。せっかく学んだ魔法をこんなことにしか、って言うけれど、本当にそうなのかい?  よく考えたのかい?」


その表情に何かを感じて、即答できないフトヒア。


「ほら、ここ、見て」


人形の背の魔法陣を指すターロ。


「ここを、良質な魔力を供給するように組み替えてさ、後、ここの仕組みは呪いじゃないからもういらない。それとここが、、、」


と次々と指摘していき、


「そうやって小型化すれば腕輪だとかに仕込めるっしょ? そしたら先天的に魔力を上手く取り込めない病気の子だとか、魔嚢が傷ついちゃった人とかを救う魔道具が作れるじゃん。そんなのを作って売ればいい商売になるでしょ。貴族にならなくたって、安定した暮らしなんかいくらでもできるじゃん」


と言う。


「あ、、、」


フレヒトは唖然とする。


何でこんな簡単な事に気付かなかったんだ、、、


「きっと、世の中を憎むあまり、世の中の役に立つように魔法を活かして更に儲けてやろう、なんて発想に至らなかったんでしょ? まあ、それだけ追い詰められていたのかも知れないけれどさ、思い込みって怖いよね。君みたいに頭のいい人が、こんなことにも気付かないで、犯罪に手を染めちゃうんだからさ」


といつもの調子に戻って言うターロ。


だが、その雰囲気をまた毅然としたものにして、イズボリーに向き直る。


そして静かに問い(ただ)した。


「イズボリーさん。これでも、貴方はこの若者の言うことを聞く必要がありませんでしたか?」


穏やかな、しかし有無を言わさぬ目に射竦められ、ヘナヘナと膝を付く、イズボリーは、


「、、、大賢者様、、、私が、間違っておりました、、、」


とだけ、やっとの思いで絞り出した。




フレヒトはイズボリーが手を回したのと、これが初犯だったということもあり、お咎め無しとなった。


人形の魔法陣をメタメレイアに見せた処、これを田舎に帰してはいかん、と言うメタメレイアの一声で、学院の魔法陣学部に採用決定。


後日、両親を田舎から呼び寄せ、城下に居を構えた。


フレヒトとその両親が泣いて喜んで、ターロに永遠の忠誠を誓うのを、ターロが止めてくれ、と困り顔になっている。


其れを見てみんなが笑う。


いつもの光景だった。


ラパノスは、ターロとメトド、テュシアーを改めて呼び、


「テュシアーは私の侍女になってもらいたいの。いいでしょメトド(・・・)? 貴方が休みのときはテュシアーにも休みを与えるわ。部屋も城内に一室設けます。それとも貴方と同じ部屋にした方が良いのかしら?」


と言われ、


「ラパノス様、、、婚前に殿方と部屋を共にしたと父に知れれば、殺されます」


とテュシアー。


「本当?」


「本当です」


誇張でも比喩でもなく本当に殺されるようだ。


そういう文化なのだから仕方ないが、


(さ、砂漠の民、、、怖い)


ターロとラパノスはちょっとひいた。


「じゃあ、結婚した後なら良いのね?」


そうラパノスに重ねて訊かれ、


「それは、、、そうですが、、、」


ここでとんでもないことを言ってしまった、と気付いたテュシアーが顔を赤くしてうつむく。


メトドは無言を貫いた。


それをニマニマしながら見るターロとラパノスだった。


こうしてテュシアーはラパノスの侍女兼護衛として城に住むことになった。




「ターロ! 今回のこと、礼を言うぞ。イズボリーが味方に付けば改革は進むだろう!」


イズボリーは今回のことで考えを改めたとオルトロスに詫びを入れてきたという。


上機嫌なオルトロスに、ターロはこう応えた。


「そうですね。まあ、才能があるからと言って全員貴族にして役職を与えるのは実際無理でしょうが、全く機会がないのも行き過ぎっすよね。希望がなくなれば自棄を起こして犯罪者になっちゃうじゃないっすか。でもそれは世の仕組みが犯罪者を作ったも同然ですもんね」


「そうか、、、そうだな。 肝に銘じておくぞ」


(流石は大賢者。イッヒー先生に教えを受けているようだ。あのラインが、、、不思議なものだな)


目の前の男の不思議さを改めて感じるオルトロスであった。

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