2·1-4 テュシアーの場合1
「ちょっと遅いな」
鍛造研究所から戻った翌日、アウロ(とニパス)とドーラは昨日周りきれなかった甘味屋めぐりにクローロと朝から出ていった。
今日は一緒に行くか、と誘われたが、メトドはまだ帰らないテュシアーが心配でそれどころではない。
ターロもなんとなく予感めいたものがありメトドに付き合って待つことにした。
メトドが目に見えて落ち着かなくなっている。
二晩も戻らないとなると流石にターロも心配になったのでメタメレイアに訊くが、彼も知らぬと言う。
リトスに訊くと、
「お母様はニ日前から城にはいませんわ」
との事。
何でも、ある貴族の家で泊まり込みの治療をしているらしい。
それにテュシアーも付き添っているようだった。
「お父様に詳しい話を聞いてみましょう」
リトスがそう言うのを、
「そんな事で陛下を煩わせるわけには、、、」
メトドが恐縮する。
「いいのよ。面倒は全部メタメレイア先生に丸投げしているのだから、そんなに忙しくないはずですわ」
そう言って、オルトロスの執務室へと歩きだしてしまったので、仕方無しについていく。
「おお、ターロ、メトド。よいところへ来た。ターロ。茶を淹れてくれ。お主の淹れたのでなくてはなんかこう、物足りなくてな」
メトドを心配はよそに、そんな風に出迎えられた。
行軍中に何度か淹れてあげたお茶を気に入ったらしい。
「陛下、、、お付きの方にお茶の淹れ方教えておきますね」
侍女と一緒にお茶を淹れ始めるターロ。
温度と時間が肝腎です、茶葉によっても違うので日頃の研究を怠らないように、等と、なぜか魔法を教えるときよりも、食に関しては厳しいターロ。
(料理研究所も必要だな)
その様子をそんな事を考えながら見ているオルトロス。
ターロは知らぬ所でまた仕事を増やされていた。
そのお茶を飲みながら、
「陛下。テュシアーの事ですが、ラパノス様と出ていったきり帰ってこないとか、、、」
とターロが切り出す。
「うむ。そうなのだ。イズボリーと言う者でな、貴族院派の中でもかなりの重鎮なのだが、その娘が謎の病で倒れてな。医者にも薬師にも見放され、聖女であるラパノスに泣きついてきたのだ」
王妃様は聖女。
これは国中の誰もが知っている事で、オルトロスの嫁取り物語は吟遊詩人の演目の定番にもなっている。
「イズボリーは貴族院の保守派でな、何かと我々と対立するのだ、、、。 それが頭を下げてくるのだから、娘の容態はかなり悪いのだろうと思っていたが、ラパノス達が帰ってこない所を見ると、、、」
と険しい顔をした。
今日の貴族は過飽和状態と言ってよく、杖を授かり一人前の魔術師と認められても貴族株をもらえない者がほとんどだ。
どんなに実力があっても、養子などに上手く入れない限り一般市民から貴族に成れることは滅多にない。
領地を持たない力の弱い貴族の子弟も、次男、三男となると、貴族株を得られないのが現状なので仕方ないといえば仕方ないのだが、オルトロスは、
「実力のある者が認められない仕組みは国家的損失だ」
と、改革を提唱。
しかし貴族院は、
「新参者の為に、今の貴族から領地や役職をとりあげろというのか、落ち度もないのにその様な横暴は許されない」
と対立している状態だ。
どちらの言い分も一理あるのだから難しい問題で、解決できずにいる。
「ターロ。すまんが様子を見に行ってくれないか? リトスが一緒にいけば紹介状などなくても問題ないだろう。いや、これを持っていけ」
と指輪をよこした。
王家の紋章が入っていて、公式の場では全権委任されている証となる物だ。
「陛下、、、これはちょっと、、、」
流石に荷が重い、とターロが返そうとすると、
「いや、構わん。お主が悪用するはずはないからな。そのまま持っていろ。これからも色々と頼むつもりだからな、大賢者様」
と高笑いする。
そんなこんなで馬車でイズボリー邸へ三人で来た。
リトス王女と新大賢者、宮廷魔術師の腹心が来たということで、イズボリー邸の使用人たちは大慌てなはずだが、流石に教育が行き届いていると見えて表面上は冷静を装う。
執事が出迎え、
「王妃様とお連れの方は、お嬢様のお部屋です。ご案内いたします」
と言って先をゆく。
通された部屋には、ラパノスとテュシアーがいた。
寝台にはイズボリーの娘らしき人が横になっている。
「これはリトス様。ご足労いただき申し訳ありません。そちらのお二方をご紹介いただけますかな?」
と後から入ってきた男が言った。
「イズボリー殿。こちらはターロ大賢者様とそのお仲間で、今はメタメレイア先生の補佐をなさっていますのメトド殿です」
(ターロ様、、、私はいつからメタメレイア様の補佐になったのでしょう?)
(ん? 分かんないけれどもう逃げられないっぽいね)
とコソコソ話す二人。
「おおー、噂の新大賢者様ですな! お目にかかれて光栄です。先の奪還作戦には参加できず失礼いたしました。家からは何人か参加させたのですが、、、娘の容態が心配でして。親馬鹿とお笑いください」
と握手を求めてくる。
メトドも嫌な顔をせずに握手に応じている所を見ると、腹に一物あるような人物ではないらしい。
「ライン、じゃなかった、ターロ。さっき貴方を呼ぼう、ってテュシアーと話をしていたところなの」
一頻り挨拶が終わったところを見計らってラパノスが言う。
凱旋の後、ちょっと会ったきりだったが、ライン王子としての留学当時、とても可愛がられた思い出がある。
「ラパノス様、お嬢さんの容態はいかがなんですか?」
ターロの問に、
「毒、なのよ。どういう方法でか分からないけれど、体中に毒が廻ってしまってね」
ラパノスが治癒魔法をかけて当初何とか持たせていたが、テュシアーに破邪の魂力があると知って、連れてきて試してみると、効き目がある。
最初は治ったのでは、と喜んだのだが、時間が立つとまた毒が体をめぐる。
食べ物などは厳重に管理しているのでそこから口に入るはずはないし、針や何かで毒を仕込まれた様子もない。
ここに泊まり込んで同じ部屋にいるラパノスやテュシアー、この家の侍女達はなんともないので、空気に何かを漂わせて、ということもなさそうだ。
テュシアーの魂力に効果があった、という事は、毒を実際に仕込まれたのではなく、魔法による何かである事は確実。
しかし解除してもまた、毒が体に回る。
魔法をかけ直す事は周りにこれだけ人がいるのだから限りなく不可能に近い。
お手上げになったので、ターロに助けてもらおうと呼び出しをかける前に、ターロの方から来てくれたので、助かった、後はお願い、というラパノス。
「五、六時間置きに"破邪の手"を施す必要があったので、戻れませんでした。ご心配をかけて申し訳ありません」
とメトドに謝るテュシアー。
ラパノスがターロを見ると、ニヤリと返されたので、はは〜ん、という顔になるラパノス。
あなたに何かあったわけではなくてよかった、と小声で返すメトドと、そう言われて耳を赤くするテュシアーを見て、これからの楽しみが増えた、とニマニマするラパノスだった。
「ラパノス殿下、本当に申し訳ありません。この様な所に何日も、、、」
イズボリーがラパノスに頭を下げる。
「いいのよ。私は王妃になる前から"聖女"なのだから」
確かにラパノスは日頃から国中を廻って治療活動をしている。
特に貧困階級に対しての活動に力を入れている事はライン王子も知っていた。
地元の医者や薬師などに見放された者限定で、だ。
彼らの仕事を奪わないように気を使っているらしい。
だから、彼女が治療にあたる時には、もう手遅れなことも多い。
しかし王妃様に最期を看取ってもらえた、と殆どの者が満足しながら死んでゆくし、残された者の悲しみも少しは和らぐようだった。
それだけでも私が赴く意味があるのよ、と昔、ラパノスがラインに、悲しげに言ったことがあった。
「じゃあ、失礼して原因を探ってみましょう」
ターロとメトドが診察をする。
魂力でメトドが覗いても、
「呪いの類はかかっていないようです」
何もわからない。
なのでターロが詠唱。
【スキャン】
(何だ? この毒。、、、変質した魔力?)
【デトキシフィケイション】
試しに唱えても解毒されない。
「成る程、、、この毒は、何というか、、、"腐った魔力"みたいな物ですね。だから薬は効かないし、ラパノス様の治癒魔法でも体力が回復する程度の効果しかない」
「腐った魔力? 魔力って腐るの?」
なんだか分からないわ、とラパノス。
「物の例えです。でもだいたいそんな所であっていると思います。だからテュシアーの魂力だと、その時体の中にあるその"腐った魔力"が消えるので、治ったように見えるんですよ」
「そうなのね、、、じゃあ、その"腐った魔力"はどこから来るの?」
「メトドさんや俺の見立だと、体の中に何か仕込まれている、ってことはないみたいです。ってことは、、、外からだけれど、、、」
と部屋を見回す。
「この部屋の中に何かおかしいものある?」
ターロがメトドに訊くが、これだけ者がある部屋の一つ一つを魂力で確認するには時間がかかりすぎるので対象を絞りたい。
「何か最近増えたものはありますか?」
と尋ねると、侍女達は分からない、というが、娘が、
「そう言えば、、、あの人形には見覚えがありません」
沢山飾られている着せ替え人形の中の一体を指して言う。
「む、、、あの人形からはおかしな物を感じます」
と、メトド。
「気を付けるよ。俺もプロクスの魔法陣で懲りたからね」
笑いながら、ターロはそれを手にとって服を脱がそうとすると、
「お、お兄様、、、私がやりましょうか?」
とリトスが手を出す。
「ん? ああ、、、」
リトスは、人形でもターロが女の子の服を脱がす、という行動に問題があると思ったのだろう。
「お願いしようかな、、、いや、いい」
急に真面目な顔になるターロ。
「こりゃ思ったより不味いぞ」
そう言いながら卓の物を全てどけて、人形を置き、
「皆離れて。テュシアー、解呪の用意を」
と言って、唱えた。
【アンチ カース フィールド】
「テュシアー、今だ!」
その掛け声に、テュシアーが両手を光らせ人形を包み込んだ。
テュシアーの手は以前の様な眩いものではなく、柔らかく、そしてその周りも朦朧とするような不思議な光り方をしている。
人形から瘴気が漏れ出てリトスの手に抗おうとするが、ターロの張った結界の為に思うように動けないらしい。
パリーーンッッ!!
硝子や薄い陶器が割れるような音が鳴り響く。
「おお〜、あっという間だ。テュシアー、何か力、上がってない?」
「はい。ターロ先生が光の精霊を憑依させてくださった時に何かを掴んだようです」
ああ、あの時の、とターロが思い出す。
闇の古代竜の封印を説いた時の事だ。
「これは? 何がおきたの?」
ラパノスに訊かれて、
「この人形に呪いが仕込まれていたのですよ。リトス、もう触っても大丈夫だから服を脱がせてごらん」
リトスが恐る恐る人形の服を脱がせると、その背中に魔法陣がある。
其れをターロが解析するのを横でメトドもテュシアーも覗き込んでいる。
「やっぱり解呪対策してあったね、ほらここ」
と、メトドたちに示す。
「直接触ったり解除しようとしたら、強烈な呪いがかかる仕組みですね」
メトドも読み解いて唸る。
「うん。危なかったね」
それを聞いてテュシアーとリトスは青い顔になった。
さらに解析を進めたターロは、
「成る程、、、テュシアー、その半月刀切れ味いいでしょ? この人形の腹を割いてみてよ」
テュシアーが言われた通りにすると、そこから髪の毛が出てきた。
「こ、これは、、、お嬢様の?」
(うわぁ〜、なかなか気持ち悪いな、、、)
どこの世界でも、呪いには髪の毛を使うのね、と気持ち悪がるターロ。
「この魔法陣は、人形の腹の中に仕込まれた髪の毛の主に"腐った魔力"を送るように設計されています。この人形の場所がここでよかった。もっと近かったらお嬢さんの体は保たなかったでしょうね」
それを聞いたイズボリーは青褪るしかなかった。