2·1-3 アプセウデースの場合2
「パンテレスさん。アプセウデースは山の民なんです」
まだ作業の終わらぬアプセウデースを、お茶を淹れてもらって待つ事になったのでターロが話をふると、
「儂もそうなので分かるよ」
とパンテレス。
「ああ、やっぱり。では精霊銀の事は?」
「うむ。研究しておる」
ここでメタメレイアも話に加わる。
「魔力付与されたアンティークミスリルですか?」
「そうだ。どうしてもアンティークミスリルの謎が解けん」
「イッヒーさんは研究しなかったのですか?」
「あの方は自前の魔法で何でも出来たから魔道具にはあまり興味がなかったらしい。イッヒー大賢者が残した物は焼入れ技術の他に、オリハルコンの製法が残っているが、誰も再現に成功していない」
「ああ、そうなんですね。アンティークミスリルの現物ってありますか?」
ターロに言われてパンテレスは奥から一振りの片手剣を持ってきた。
「なにか分かる?」
ターロはそれをメトドに鑑定させた。
メタメレイアは不思議そうな顔をしているパンテレスにメトドの魂力について説明する。
「おかしいですね。魔法陣が刻まれているのは見えますが、、、どこにもそれらしいものがない」
剣の鍔や柄を外しても何もおかしな物は見つからなかった。
ターロも手にとって魔力を流してみるがこれと言った反応はない。
「この剣に施されている魔法陣は、"守りの護符"のようです。矢などの回避率をわずかながら高めるものです」
常時発動なので魔力を流した時に何かが起きるような類のものではない。
「そうか、だから魔力を流しても反応がないんだね。でもどこに魔法陣があるのだろう?」
メタメレイアも、
「私も前に見せてもらいましたが、分かりませんでした」
色々調べたが分からなかったらしい。
「勿体無いとは思ったのだが、、、」
そう言ってパンテレスが取り出したのはもう一振りの同じような剣。
こちらは新しい。
「同じ物がもう一振りあったので鋳潰して見たら、魔力は失われてしまった。念の為に、同じ様な剣に打ち直してみたが魔力は戻らなかった。そこで、ミスリルの研究は頓挫したままなんじゃ」
と言う。
その剣をメトドが鑑定しても、
「唯のミスリルの片手剣です。魔法陣は見えませんし魔力も感じられない」
という結果。
それを手にとって魔力を流したりしたターロは、アンティークミスリルの剣と二つを見比べて、メトドに質問する。
「ねえ、メトドさん。この二つの剣のミスリルって、同じ物?」
「素材として、ということですか?」
「うん」
「はい。全く同じ物に見えます」
パンテレスも、
「水に沈めて体積を測って、重さも較べたが、全く同じ比重じゃった」
という。
「じゃあ、精錬方法が特別、ってわけじゃなさそうだな。 あ、、、もしかして、、、」
「なにか分かったのか?」
待っていました、とすぐに反応するオルトロス。
「いや、もしかしてですが、先程のイッヒー様の残したレシピで鍛えた剣、あの技術で再現できるかも知れませんよ」
「どういうことじゃ?」
パンテレスも前のめりになる。
「あれは違う硬度の地金を張り合わせて鍛えましたよね? 多分柔らかい物を中心にして、硬いので挟んで」
「うむ、その通り」
「同じように重ねて鍛えるんですよ、魔法陣が彫り込まれた地金を。均等に伸ばす分には魔法陣は崩れず効果を保ち続けられるかも知れません。上手く魔法陣を内包させることが出来れば、その剣が鋳潰されたりしない限り魔法陣に干渉できなくなるじゃないですか」
「「「 成る程! 」」」
パンテレスとメタメレイア、メトドが同時に喝采した。
「分からんぞっ!」
案の定、置いてきぼりのオルトロスが抗議の声をあげる。
「陛下。魔法剣は普通、側面だとか握りだとかに魔法陣を彫ったり宝玉を嵌めたりして作りますよね?」
「うむ」
「でも、魔法陣を傷つけられたり、宝玉を駄目にされたりすると、魔法剣は唯の剣に戻ってしまいます」
「そうだな」
「でも魔法陣を描いた地金を他の地金で覆って、それを崩さないように鍛えれば、外から干渉不可能な魔法陣を持った魔法剣になるじゃないですか」
「成る程、理屈は分かるが、魔法陣の形を崩さずに剣に鍛え上げるなどということができるのか?」
とパンテレスを見る。
「難しくはありますが不可能ではない、と思いますぞ!」
と興奮気味のパンテレス。
そこへアプセウデースが作ったものを持ってやって来た。
「なーに盛り上がってるだ?」
「おお! アンティークミスリルの謎が解けたかもしれんのだ」
パンテレスが言うのを聞いて、え! っと硬直するアプセウデース。
「それより何を作ったんだ。見せてみろ」
オルトロスはよくわからない話より、アプセウデースが作ったものにもう興味を移していた。
「へ、へえ。これでごぜえますだ」
アンティークミスリルの事が気になって仕方ないがオルトロスの命令なので逆らえないアプセウデースが見せたのは、
「お! 握り鋏じゃん。この世界にもあるんだ〜。この短い時間で研ぎまで済ませたの? 凄いもんだね」
とターロ。
「なんだこれは?」
「へえ、鋏です」
「これが?」
パンテレスが布を持ってくる。
試し切りするとよく切れる。
「おおー、吸い付くように切れるな。布が逃げん」
おもしろがるオルトロス。
「親方、この人、大した腕前ですぜ」
アプセウデースの補助に入っていた者がそう報告する。
パンテレスが、
「何故、鋏を作った?」
と尋ねると、
「へえ、腕前見ていただくのには皆が日常使いする、沢山作れりゃ暮らしが豊かになるものさ作って、その出来と速さを見てもらうんが一番だと思いましただよ」
その応えを聞いてパンテレスは、莞爾と頷いた。
剣や槍の様な武器、豪華な装飾品等ではなく、日用雑貨を選択したことに好感が持てる。
「ねえ、アプセウデース。握バサミって、硬さの違う地金を張り合わせて作るんだよね?」
と、ターロ。
「さすがターロ様だ。何でもご存知で」
「そうなのか?」
まだ布を切りながら、そう訊いたオルトロスに、
「へえ、切るところは硬い地金で、握りのところは発条になっているだで、腰のある物を組み合わせていますだ」
アプセウデースがそう応えると、
「パンテレスさん」
ターロがパンテレスに頷いた。
パンテレスはそれに頷き返し、
「うむ。アプセウデースといったな。今日からここがお主の家じゃ。忙しくなるぞ!」
と言ってアプセウデースを半ば拉致するように連れて行ってしまった。
あっけにとられる一同。
「もうああなってしまっては、少なくとも今日は工房から出て来ませんよ。帰るとしましょう」
というメタメレイアの声で、鍛造研究所を出る事となった。
「握鋏の鍛接の技術も活かせるから、アンティークミスリルの再現にはうってつけの人材だったみたいだね」
とメトドに言うターロ。
「道理で、あの勢いなわけですね」
とメトドも小さく笑うしかない。
「しかし流石ターロ様です。早速山の民の依頼を解決してしまった」
「いや、まだだよ。俺は仮説の一つを提示しただけさ。再現するには途方もない苦労が待ってると思うよ。そもそもこの仮説自体間違っているかも知れないしさ。でも失敗しても先に進む為の何かはきっと残るはずだよ」
メタメレイアも、
「それが彼らの糧になるのですね」
既に槌の音がし始めた工房の方を見ながら言った。
「まあ、何にせよ、魔術師も変わり者が多いが、職人も変人が多いな」
オルトロスが笑いながら言って、
「魔法陣学の研究室と、鍛造研究所の共同研究会も立ち上げる必要があるな」
と、付け加えた。
為政者としてのしっかりとした一面を見せる一方で、この握鋏は貰って帰ろう、と懐にしまっていたのをメトドは見逃さなかった。