2·1-2 アプセウデースの場合1
「先ずはお主の腕前を見せてもらおう。話はそれからだ」
いきなり試される事になったアプセウデースは嬉々として鎚を持ち、作業に没頭し始めた。
その様子にパンテレスは頷く。
研修生に補助を任せて部屋を移るが、
「筋がいい。あれなら引き受けますぞ」
部屋を出てすぐに、オルトロスに請け合った。
ちょっと見ただけで腕前は分かったが、何を作るのか興味があるので続けさせるようだ。
その間、ここで作られ並べられている剣を見せてもらう。
「おおー、いいもんが揃ってるな」
一本一本手にとりそんな感想をもらすターロに応えて、
「はい。これなどはこの中で最も攻撃力が高いように見えますが、、、。私は武術は全くなので、攻撃力が高ければよい武器と言うわけではないのですよね?」
と大振りの剣を選ぶメトド。
「そうだね。それもいいけれど、俺なら此方を選ぶかな?」
とターロは一回り小さい一振りを指す。
そのやり取りを聞いていたパンテレスは、
「ほー、流石、大賢者様とそのお仲間ですな。その目利きはご両人とも正しい」
と驚く。
「どういうことだ?」
オルトロスが説明を求めると、
「こちらは純粋に武器として一番強力でしょうな」
パンテレスは、メトドの選んだものを指し、
「しかしこちらはイッヒー大賢者が残した資料を元に鍛えた物です。最近やっと実用に耐えられそうなものができるようになりました」
ターロの選んだ一振をオルトロスに渡した。
受け取ったオルトロスは、その剣を柄側から眺める。
「ではこちらの方が強力な武器なのか?」
「出来としては一番、と言いたいのですが、武器として一番かと言うとそうではありません」
「何だ、その謎掛けは?」
ちょっと苛つくオルトロス。
ターロは、
(前から思ってたけれど、陛下って、気が短いな)
笑いながら、オルトロスに応えて、
「陛下。それは素晴らしい剣ですが、使い手を選ぶのです」
「だから、どういうことだ? 魔法か?」
「いいえ魔法ではありません。剣の側面を見てください」
「綺麗な模様が浮いておるな」
「それほど俺も詳しくはないんですけどね、それは、硬さの違う地金を組み合わせてあるのと、焼入れ、という作業で刃だけ硬くして、それ以外の部分は靭性を持たせてあるから出る模様です」
そのターロの説明にオルトロスではなく、パンテレスが目を見開いた。
「よくご存知でしたな、、、」
「俺もイッヒーさんと同じ異世界渡り、それも同じ国から来たのです。これはそこの技術なのですよ」
「そ、そうじゃったか、、、」
パンテレスはこの若者が大賢者だと紹介され、半信半疑だった。
しかしこの剣の製法に関する知識を持ち、しかも大賢者イッヒーと同郷だと聞いて信じる気になった。
「異世界の技術か。何が特別なのだ?」
オルトロスが更に説明を求める。
「よく切れる、折れない、曲がらない、という性質をすべて満たす刃物は普通ありません。切れ味を増そうとすれば折れやすくなり、折れにくくすれば曲がりやすくなります」
例えば、と、ターロは続ける。
「剃刀はよく切れるけれど脆いですよね? 戦闘用の剣は滅多なことでは折れませんが、剃刀程よく切れるように砥いでしまうと刃毀が酷い」
「そうだな」
「その剣はその両方の良いところを兼ね備えています」
「ならやはりこの剣が最もよいではないか」
「そこで先程の、"使い手を選ぶ"という話に戻ります。その剣の性能を最大限に発揮するには、刃筋を立てて振る技術が必要です。そうでなければその剣の切れ味が発揮できません。発揮できないくらいなら、メトドさんの選んだ剣を力任せに振ったほうが破壊力があります。あの剣の重さはそれの倍以上ありますからね」
そのターロの説明を聞いて、パンテレスが、
「そ、その通りなのですよ。作れるようになったはいいが、これで本当に合っているのか分からない。使いこなせる者がおりませんでな、、、」
と言う。
「ターロ。お主なら扱えるか?」
とオルトロスにその剣を渡される。
「はい、多分。試し切りに使ってもいい、廃棄予定の大剣はありますか?」
渡されたターロがそう言うと、
「大剣? 剣で試し切りを? 角材とかではなくて?」
パンテレスが驚くが、ターロは涼しい顔で、
「はい」
と応える。
苦労して打った剣だが使える者がいないのでは存在しないのと同じ。
試してもらおう、と、研修生の打ち損じた剣を持ってきて固定する。
「破片とかが飛んだらいけないので少し離れて見ていてください」
ターロが構える。
この世界の剣術とは違う構え。
背筋は伸び、ゆったりとしていて均整が取れている。
小さく息を吸い、すっと振りかぶると、
「えいっ!」
という鋭い気合と共に振り下ろす。
サシュッ!!
さしたる抵抗もなく据えられた大剣は真っ二つに、切れた。
「おおっ、切れた! 折れたのではなく切れたぞ! 魔法ではないのか?」
オルトロスの感嘆の声。
この剣を鍛えたパンテレスもここまでの切れ味を想像していなかったのだろう。
目を丸くしている。
「はい魔法ではありません。いい剣です。刃毀もない。本来この焼入れの技術は片刃の剣に施すものなのに、よく両刃の剣でここまでのものを仕上げましたね」
パンテレスに剣を返しながらターロが言った。
「お、お分かりか? そうなのじゃ。焼入れをするとどうしても先端に歪が出て罅が入ったり欠けたりしてしまって、、、。 ああ、だがこの方向性であっていたのですな」
自分の苦労が無駄ではなかったと分かって感無量、と言った体のパンテレス。
「イッヒーさんの製法も両刃で?」
「いや、片刃じゃったが、この国では片刃の剣はほとんど使われん。なので両刃の剣に応用するために試行錯誤の毎日じゃった」
「え? 自力でここまで辿り着いたのですか?」
(しょ、職人魂、、、)
この親方なら、アプセウデースを預けても間違いないだろう、とターロは確信した。
「ターロ」
切られた大剣の切り口を確認しながらオルトロスがターロに問う。
「その剣がいかに良い物でも使いこなす技術がなくては意味がなかろう。あの振り方に何か秘密があるのか?」
「いいえ、唯、手の内を絞るだけです」
「手の内?」
「はい。切る寸前に雑巾を絞る要領で両手を内側に絞り込むのです。そうすると剣が安定して刃筋が立ちます」
と言って腕を動かしてみせる。
「それだけか?」
「まあ、後は切る瞬間に絞る、だとか、引きながら切る、体重の乗せ方、腕の振り方、細かいことをいえば切がありませんが、一番重要なのは手の内ですよ」
「うむ。後で詳しく教えてくれ」
「じゃあ、道場でも開きますか?」
ターロは冗談で言ったつもりだが、オルトロスはそうは取らなかった。
「頼む。学院の専攻科目に剣術を増やそう。いや、学院ではなく兵学校か? まあどこでもよい、メタメレイア、エウローと相談して手配を進めてくれ」
(ええ〜、、、仕事増やしちゃった、、、)
後悔先に立たずとはこの事か、とターロはメトドの肩に手をおいてがっくりと項垂れてみせるが、メトドは微笑むのみだった。