1-18 精霊樹
「ではごゆっくり」
「色々とありがとうございます。おやすみなさい」
里に戻ったターロは、客用の建物一軒を好きに使ってよい、と言われ、長老宅での夕食後、早目の床についた。
翌朝、少し遅めに起きて外に出ると、子供達が待っていた。
「あ、起きてきたよ」
「寝坊だな〜」
あはははは
子供に呼ばれたメトドに、遅い朝食に誘われ、厄介になる。
「今日は如何なさいますか?」
メトドに問われ、
「旅の支度をしたいのですが」
と、ターロ。
「そうですね。服や、薬等の入り用な物は此方で全て用意いたしますのでご心配無く。その他に必要なものはお有りですか?」
「武器は必要ですよね? 道中魔獣も出るでしょ?」
「そうですね、、、。ターロ様の得手は何でしょうか?」
「剣ですかね。幅広の重いのではなく、軽いものがよいのですが」
「軽いもの、、、。ならば心当たりがあります。長老にお伺いを立てましょう」
ということになり、二人してロエーの元へ。
「ターロ様の得手は軽めの剣とのことなのですが、精霊樹に枝を貰ってもよろしいでしょうか?」
メトドの問に、
「無論じゃ。大賢者様の後継者に使って頂かずに、誰に使っていただく。だが剣というのは、、、?」
「何故だか大丈夫な気がするのです」
「お主がそう言うのなら何かあるのだろう。面白いではないか」
ロエーと話がどんどん進んでしまうので、ターロが訊いてみる。
「なんですか?精霊樹の枝って」
「里の真ん中に立派な木が在ったでしょう? あれが精霊樹です。大精霊の依代になっていて樹齢は千年を越えているそうです。里では成人の儀として精霊樹に祈りを捧げ、枝を分けてもらい、弓を作ります。私はこの杖を作りましたが」
「精霊樹がその者に合った枝を分けてくれますのじゃ。メトドも儂もシャーマンとしての才が有ったので、杖にするのによい枝を頂きましたのじゃ。与えられた枝はその者にしか扱えませぬ。本来、里の者以外には決して枝分けの儀式は受けさせませんし、精霊樹も応えてはくれませぬが、ターロ様なら、問題なかろう」
三人は外に出て精霊樹に向かった。
子供達もぞろぞろついてくる。
「こりゃ! 見世物じゃないんじゃぞ!」
と、ロエーは窘めるが、追い払いはしない。
厳粛な儀式であると分かってほしいだけなのだろう。
(近くで見ると、とんでもないな、、、)
前世で見た屋久杉よりも更に大きい。
見上げていると首が痛くなるほどだ。
ただ屋久杉より枝ぶりは横に広い。
よく支えもなしにこんなにも枝を張る事ができるものだ、と感心する。
物理の法則から考えるとありえないが、大精霊の依代というだけあって、何か不思議な力があるのだろう。
「さあ、そこにあります祭壇に登り、幹に手を当ててくだされ」
ロエーに言われた通り、ターロは祭壇に登り、手を幹に当てる。
ぶわっ
その瞬間精霊樹を中心に風が吹きだした。
〈ねえねえ〉
頭の中で子供のような、不思議な声が響く。
〈鼻笛吹いてよ〉
「え?」
〈鼻笛。 もっかい吹いてよ〉
「鼻笛?」
〈そうそう、みんな喜んでたよ。遠くの子がね、自分も聴きたいってうるさいんだ〉
「あ〜、、、」
困ったように振り返るターロ。
「如何なされた?」
「精霊樹が、鼻笛吹けって、、、」
「「「「 ?!?! 」」」」
皆驚く。
「精霊樹が話しかけてくるなんて、珍しい。、、、、」
子供達の中からアウロを見つけたロエーが、
「アウロ、鼻笛をターロ様にお貸ししてくれんか」
と、声をかける。
アウロは、またターロの笛が聴けるのが嬉しいのか、ニッコニコしながら、ターロに鼻笛を渡した。
「ありがと」
鼻笛を受け取ったターロは、イッヒーの温故知新を検索して楽譜を探す。
(お、これなんかちょうどいいじゃない)
息に魔力を込めるよう集中。
笛を鼻にあててゆったりと吹く曲は、
ヘンデル オンブラ・マイ・フ
歌詞の意味を意識して、精霊樹と里の人々との関係を想像しながら、メロディーを紡いでゆく。
子供達だけでなく、外に出てきた大人も目を瞑って聞き入っている。
遠くからそよ風が里に向かって吹いてくる。
精霊たちだ。
里にたどり着くと、魔力を受けて顕現し、小さな人形になって、気持ち良さそうに漂う。
”心地のよい木陰”
正に歌詞の通りだ、とターロは思った。
この木陰で幾度、
愛が囁かれたであろう。
悩みを抱える心が癒やされたであろう。
不安を打ち消す光が差し込んだであろう。
里の人々の敬意と感謝の念をこのメロディーにのせる。
それぞれが、何かを思い出しているのだろう。
聞いている人々の目には涙が浮かんでいた。
気がつくと演奏は終わっていて、人々は自然と精霊樹に跪いて祈りを捧げていた。
顕現した精霊たちも、精霊樹の周りに集まっている。
そして精霊樹の幹から、一人の美しい女性が現れた。
光り輝くヴェールを纏い、花で髪を飾ったその人は、大精霊の仮染の姿だった。
〈素晴らしい曲を有難う。皆の祈りがそのまま音になった様な、美しい曲でした〉
ニッコリと微笑む大精霊。
里の人々は初めて見る大精霊の姿に魅入っている。
〈皆さん。森を守ってくれて有難う。これからもお願いね〉
ここにいる全員の頭の中で彼女の声が響く。
皆は感激のあまりひれ伏した。
(最初の声はいたずらっ子ぽかったけど、、、、)
ターロの疑問を見透かしたように、
〈貴方の魔力を浴びて、この様な姿を取れています。凄い魔力量ですね、まるでイッヒーの様、、、〉
「イッヒーさんをご存知でしたか」
〈ええ、森の中に小さな家を建てて結界を張っていいか、って頼みに来ましたわ〉
(ああ、成る程。結構律儀なんだな)
と妙な感心をするターロ。
〈タロウ。ターロのほうがよいのかしら? 私、1000年以上この地にいますけれど、こんなに美しい音色を聞いたのは初めて、、、。 お礼をしたいのですが、イッヒーと同じ杖? いいえ、違うのね。 木刀? まあ珍しい、初めてだから、、、これでいいかしら?〉
と一人で話を進めた大精霊の手には、一振の木刀が握られていた。
受け取ってターロは驚く。
しっくりと手に馴染み、バランスが理想的だった。
「有難うございます」
〈また美しい音色を聴かせてね〉
と言って大精霊は幹の中に消えていった。