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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第七章 ホーフエーベネ奪還
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7-5 オルトロスの宣言

「貴様! 何故、姉上達の亡骸を辱めるような真似をするっ!」


ピズマと教えられたその男が、まだ泣いているパヌルの背を擦りながら振り返ってターロに詰問した。


メタメレイアは、


「ピズマ。失礼ですよ。貴方の姉上と、ヴロミコス殿には"蟲"が付いていたのです。勘違いしてはいけません。このお方はそれを焼いてくださっただけです」


と、嗜める。


「、、、学院長。 、、、蟲?」


メタメレイアは簡潔に蟲のことを、ピズマに説明した。


「、、、そ、そうなのです、叔父上、、、この、"蟲"から父上、母上をお救いしたかったのですが、、、無駄でした、、、」


説明を聞き終わったピズマに、パヌルも言う。


「パヌル、、、お前、その蟲の事を知っていたのか?」


「はい。以前スケロスで、それを埋められて死ぬ者を見ました、、」


「、、そうか。 、、、だからといって、、、」


屹度(きっと)なってターロを睨みつけるピズマ。


「あの様なやり方をしなくともよいだろう!」


「では、他にどの様な方法があったというのだ? ターロ様がああしなければ、今頃、不用意に(・・・・)近付いた貴方は蟲に取り憑かれていたのだぞ」


八つ当たりをするピズマにメトドが静かな怒りを込めてそう言った。


その迫力に、


「なっ、、、」


ピズマは気圧される。


「もういいよ。メトドさん」


疲れきった声でターロが、


「それよりご遺体を下ろさないと、、、。 パヌル、ご両親は、、、残念だった。せめて丁重に葬って差し上げなよ」


「ターロ殿、、、勿論です。せっかくお口添え頂いたのに無駄になってしまいましたが、、、」


パヌルがヴロミコスの遺体を下ろそうとヨロヨロと立ち上がる。


ターロも手伝った。


ピズマも姉を磔台から下ろす。


メトドが手伝おうとするが、


「無用! 姉上に触れるな!」


と一喝する。


ムッとするが、何も言わず下がるメトド。


義兄(ヴロミコス)(とつ)がなければ、こんな事にならなかったのに」


メソメソとしながら一人で下ろして、自分のローブを脱ぎ、杖でリフリジエイション(冷却)の魔法陣をそこに描いたピズマは、そのローブで姉の遺体を包み馬に乗せて、


「こんな所に姉上を葬るわけにはいかない」


と言って一人、帰国していった。


「よろしいのですか、陛下?」


メタメレイアがオルトロスに聞くが。


「まあいいだろう。どうで本隊の一部はここに駐留するのだ」


と不問にすることにした。


「パヌルといったな。お前も父の遺体を連れ帰って葬ってやれ」


とパヌルにも帰国の許可を出すオルトロス。


「し、しかし、、、父の罪は、、、」


「もうよい。生きているのならまだしも、もう死んでしまったのだ。償いようもなかろう。お前がその分、人の為に生きれば良い」


「へ、、、陛下、、、有難きお言葉、、、」


ターロはヴロミコスにも、


「ケパレーまでは保つだろうよ」


リフリジエイション(冷却)の魔法を施してやる。


「何から何まで、、、済まない、、、必ずこの恩は返す」


頭を下げるパヌルに、


「いいよ。気持ちわりいな」


とターロは笑って手をひらひらさせた。


だがパヌルはまだいいたいことがあるのか、立ち去らない。


「それと、、、」


メトドの方も向いて、


「叔父上の事は許して欲しい。色々あって、あの人は父を恨んでいて、、、」


と話し始めるが、ターロは全てを言わせずに、


「誰も気にしてないよ。もういいから早く帰って、父ちゃんを埋葬してやりなよ」


と言い、その言葉に、メトドも頷く。


「、、そ、そうか。、、、済まない。ではこれで失礼する。ご武運を」


と、今度こそケパレーへ帰っていった。


貴族院の重鎮、ヴロミコス夫妻が何故か敵地で磔刑(たっけい)に処されていた、と、ケパレー軍は騒然となる。


「色々とあってな。帰国してから説明する」


というオルトロスの一声で、ひとまずこの場は治まった。


周囲の探索があらかた終わり、一般兵には駐屯の用意をさせる。


この場所には兵の四分の一を残す事になった。


将来的な街の再建を見据えて、叢に隠れた白骨の埋葬や、整地をする。


それ以外は次の駐屯地候補へ向け、翌朝出立。


行けども行けども人影はなく、動くものといえば野生動物や魔獣だけだった。


ホーフエーベネ地方は東と西に流れる川に挟まれていて、その川が、東の聖教国と西の帝国との国境にもなっている。


東を流れる川に沿って北に二日程で、首都のあった所に出るはずだ。


途中に小さな集落や街道沿いの街などの跡も通ったが、どれもこれも破壊しつくされていた。


「本当に人の気配がないな、、、二年も経っているのに何故入植しないのだ?」


「どうなんですかね? 帝国側にも何か事情があるのでしょう」


オルトロス達はそんな会話をしているが、不自然な程無人だ。


それがかえって恐怖心を煽り立てる。


闇竜が復活して、天使が支配する未来。


故国がこうなってしまうのではないのかという恐怖と、二年前、同盟国に対して自分たちが何も出来なかった結果がこれであるという現実。


兵たちの心理状態は限界に近づいていた。


それを察して、


「なんだかみんな暗くなっちゃってるね」


ターロが鼻笛を取り出す。


理由(わけ)も分からず殺されたホーフエーベネの領民たちへの鎮魂歌、そしてケパレーの兵士達の心を癒やす為に魔力を込めて吹くのは、



ヘンデル  組曲 434-4 メヌエット



物悲しくも美しいその旋律は、ホーフエーベネ地方の長閑で牧歌的な景色に溶け込んでいく。


叢からポッ、ポッ、と光の玉が生じたかと思うと、人の形をとった。


死んだ事すら気付かずにこの世を彷徨っていた者の魂だろうか。


風の精霊や大地の精霊も顕現する。


皆がそれぞれ好き勝手にターロの紡ぎ出す音色にあわせて踊るのだが、個々はバラバラでも何故か調和が取れている。


ドーラが駆け出して開けたところで、霊や精霊達と一緒になって踊りだした。


それはまるで達人の演武の様であり天女の舞の様でもあった。


メトド達は何度も見ているので驚かないが、ケパレー兵は皆、この初めて見る別世界の光景に何もかも忘れ口を開けて魅入っていた。


心の(よどみ)を洗い流すかのように、涙が自然と溢れ出てくる。


ターロが鼻笛を顔から話した時、聴いていた者達の心はすっかり潤いを取り戻していた。


霊たちが天に昇っていくのが見える。


故国の王子による慰霊に満足したかのように、、、。


「、、、奇跡だ、、、」


誰からとも無く声が上がる。


「聖者様、、、」


そんな声がヒソヒソと広がっていった。


「大げさな、、、笛吹いて、精霊がそれにのって踊っただけじゃん、、、」


困り顔になるターロに、


「それだけではないぞ。聴いていて心が軽くなった。聖女のような癒やしの力だ」


とオルトロスが真面目な顔で言った。


彼も顔には出さなかったが、精神的に参っていたのだろう。


そして軍を止め高らかに宣言する。


「聞け、皆の者! 今の笛の()の主は、ここにいる、ターロ・ルオー・ホーフエーベネ、だ。 この地、ホーフエーベネのライン王子は二年前の悲劇を奇跡的に生き延び、イッヒー大賢者の遺産を継承して名を改めた! この者こそが、その新たな大賢者! 先の天使襲来の折、我が父の御霊を召喚して天使共を退けたのも、砦の火柱の罠から我々を救ったのも、このターロ大賢者だ! 誇るがよい、同じ時代に大賢者の誕生したることを!」


一瞬の静寂の後、オルトロスの宣言を理解したケパレー軍は、


おおおおおッ!!


「「「「 大賢者様、万歳!! 」」」」


大喝采に包まれた。


「へ、陛下、、、」


こんなところで何を言ってくれちゃってるんですか、と言う顔のターロに、


「いい機会だ。いつ発表しようかと考えていたが、今なら士気も上げられるし丁度よいだろう」


我ながらよく思いついた、と満足げなオルトロスだった。

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