7-0-5 オルトロスの武者修行5
え、ええええ〜〜〜っ!!!
「領主が、、、食われ、た?」
村長は腰を抜かしている。
柵の中から見ていた者達も、あまりの出来事にどうしていいのか分からずに立ち尽くしていた。
好きに暮らせ、とサーペントの首をペチペチと撫でてから、一人悠然とオルトロスが戻ってくる。
サーペントは川へと消えていった。
「オ、オルさん、、、流石に領主殺しは大変なことになるんじゃ、、、?」
村長が怖怖と尋ねると、
「殺したのは蛇だぜ。問題ないだろう」
オルトロスは涼しい顔で応えた。
「いや、確かに食ったのは大蛇でしたが、、、」
勿論そんな返事に安心できない村長。
ラパノスや村人達も同様に、不安そうにしている。
"オル"はラパノスの頭を、心配するな、と軽くぽんと撫でてから、
「まあ、気にするな。村長。羊皮紙はあるか? 封のできるものを頼む。二通分な。手紙を書く」
と言う。
「手紙?」
なんだか分からないが家に戻り、言われたとおりに用意すると、"オル"と名告った傭兵はその羊皮紙にサラサラと何やら認め始めた。
おかしい。
一介の傭兵が、こんなに手際よく手紙を書ける筈がない。
「、、、オルさん、、、あんた一体、、、」
「よし、出来た。こっちは陛下に、こっちは隣の領主に届けてくれ。この封を見せればちゃんと受け取ってくれる筈だ」
と言いながら書き上がった手紙を丸め、蠟を垂らし、そこに魔力を籠めた指輪で封を施していく。
その様子は板に付いており、まるで貴族の執務室を見ているようだった。
「特にこっちの隣領主へのものはできるだけ早く届けてくれ。領主不在の状態が続くのは良くないからな」
と言いながら、二通の手紙を村長に渡すと、"オル"と名告った不思議な青年は商人たちと早々に旅立ってしまった。
見送るラパノスは寂しそうだ。
(連れてって、なんて言えないか、、、)
どこからともなくやって来て、村を救って去っていった不思議な青年。
ラパノスは乙女心に、オルさんと白馬の王子様を重ねていた。
本物の王子様だとは知らずに、、、。
村長はというと狐につままれた心持ちだったが、言われたとおり自らできるだけ早く馬車で隣接地の領主に届けたところで、あの青年がオルトロス王子だと言うことを知った。
(あの言動と物腰から、身分を隠した貴族じゃないかとは思っていたが、、、まさか王子様だったとは、、、、)
オルトロスの書簡には、中央から新たな領主が派遣されるまで、この手紙を受け取った領主が代行をするよう書いてあった。
更にドロドキアの屋敷に急行して、不正の証拠を押さえるように、という指示もあり、手紙を読んだ領主は用意を調え慌てて出立して行った。
首都に上がりケパレー城にてポロス王に謁見する事になった村長。
自分が場違いであることにビクビクするが、衛兵を始め、誰も村長に横柄な態度をとるものも居らず、ポロス王に至っては、
「済まん。貴族院との柵やなんやで、あんな領主を押し付けてしまった。このとおりだ。謝る」
と頭を下げるので、恐縮極まり平伏のまま動けなくなってしまった村長。
「おい、そんなに畏まるな。悪いのはこちらなのだぞ」
と言うポロス王は、
「陛下、、、謝っているようには見えませんよ。それは村長さんも、怖がりますよ」
と、横のメタメレイアに言われ、
「む、、、怖いか? この顔と態度はは生まれつきだ。許せ」
ニカッと笑う。
「顔はそうかも知れませんが、態度が生まれつきなわけはありません」
冷静に指摘するメタメレイア。
それを聞いて鼻を鳴らしたポロス王は、
「フン。まあともかく、だ。治水に関する知識があり、魔法が使える者を次の領主として送る。安心せよ」
と約束してくれた。
「ところで、だ、その、、、何だ。ああ、、、」
急に歯切れが悪くなるポロス。
「陛下。素直にオルトロス王子の御様子をお聞きしてはいかがですか?」
メタメレイアが横から言う。
ポロスの、親としての一面を見たようで、村長は親近感を持った。
「陛下。お喜び申し上げます」
と言う村長。
「何がだ?」
今まで畏まっていた村長に急に寿がれ、不思議そうな顔のポロス王。
「ご立派なお世継ぎ様がいらっしゃり、この国は末永く安泰かと存じます」
「ほう、そうか。奴はお主らに迷惑をかけなんだか?」
「とんでもないことでございます。見事な手腕で我らが村をお救いいただきました。殿下にお助けいただいたことは、末代までの自慢となります」
「そうか、、、ははは。 そうか、、、、そうか」
ポロス王は喜びを噛み締めながら、しかし、それを表に表さぬよう努力しながら、しかしどうしても漏れてしまう、という複雑な表情で退出していった。
後日、オルトロスは更に旅を続け、加速も七倍まで安定して無詠唱で発動できる様になったところで帰還した。
連邦内の各所で様々な問題を解決したことが認められ、市井に通じる、という課題は合格。
魔法の上達も、ポロス王直々に成果を試し、合格となる。
(うん。よかった合格だ。方向性は間違っていなかった)
オルトロスなりに父を超える為にはどうすればよいのかを考え、辿り着いた結果。
それが超高速だった。
父の出鱈目な攻撃力も、中らなければ意味はない。
全ては父を超えるためだったが、五倍速を越えたあたりから父に勝つ事など、どうでも良くなっていた。
全てが止まっているような世界の中で自分が動いている、その感覚の虜になっていた。
(私も変態魔術師の仲間入りだな、、、)
と自嘲する。
そうなってから七倍に達するまでは早かった。
尤もまだ課題が残っていないわけではない。
筋肉痛だ。
七倍速だと二十秒と保たない。
ただ、七倍速なら十秒もあれば大概の敵は倒せるので、一応の完成となり、旅の表の目的は達成した。
表は達したが、裏、本当の目的は達せず仕舞いだった事が、心残りといえば心残りだった。
その目的とは、嫁取りだ。
貴族連中から、やれ、家の娘はどうだ、妹はどうだ、と見合いやら何やらの申し入れが煩わしい。
自分の相手くらい自分で選びたかったので、今回の旅が一人旅になるのは寧ろ好都合と言えた。
しかし、成果はあがらなかった。
(あの聖女様なんかは、気立ても良くて、貴族にはいない魅力を持った娘だったのにな。回復魔法も使えて、筋肉痛の問題も解決するし、、、惜しかったな)
と思わないでもない。
あの笑顔を思い出すとかなり心残りではあったが、今更あの村まで戻るわけにもゆかず、
(仕方ない。またの機会もあろう)
と、気持ちを切り替え、更に理想的な国王となるべく、内政などについて学ぶ毎日。
そんな少し暑いある日の午後、意外な訪問者が現れた。
「、、、ラパノス」
客が待っていると言われ応接室にゆくと、あの村の聖女がいた。
「お忘れじゃありませんでしたね?」
少しふっくらして、大分背が伸びた少女。
結局オルトロスは、聖女についての献策はしていなかった。
「忘れるものか。聖女様だからな。どうした? 村で困ったことでもおきたのか?」
「いいえ。約束の報酬を渡しそびれましたので、、」
と悪戯っぽく笑っている。
日差しが傾き始めた。
熱気を逃がすため、部屋の扉や、窓は開け放たれている。
西日になるとこちらの窓からの日差しは眩しかろう、などと考えながら、オルトロスは聞き返す。
「報酬?」
「そちらはお忘れですか? 事件を解決したら報酬をお支払するお約束でした」
侍従が入れたお茶を飲みながら聞いているオルトロス。
「ああ、そんな事も言ったな。だがあれは、私が解決したと言えるのか?」
「勿論です」
ちょっと面白くなって、オルトロスは冗談半分にこう尋ねた。
「そうか。ではありがたく頂こう。で、何を呉れるというのだ?」
「私です」
ブフウゥーーーツ!!!
オルトロスは含んでいたお茶を勢いよく吹いてしまった。
窓の方を見るために顔を横へ向けていてよかった。
でなければ、盛大にラパノスに掛けてしまっていただろう。
「あらあら」
吹き出した原因のラパノスは、暢気にそんな事を言っている。
オルトロスは侍従に渡された手拭きで服を拭いながら、
(誰のせいだと思っている)
と恨みがましい目をラパノスに向け、
「何を言っているんだ。冗談も大概にしろ」
と咎めるが、ラパノスが、
「冗談ではありません。私は聖女。権力からの接触が絶えません。父からは、きっと王城からお召があるだろう、と言われていましたが、結局音沙汰なし。私では力不足だとご判断なさったのですか?」
真面目な顔になりそう尋ねるので、座り直したオルトロスはこう応えた。
「そんなわけはない。ただ、、、」
「ただ?」
「後で色々と聞いてな。聖女には、祭り上げられ不幸な一生を送る者が多い、と。私は貴方にはそうなって欲しくなくてな、、、」
「やっぱり、、、"オルさん"は優しいのですね。だから私は自ら参りました。私をお国のためにお役立てください」
旅の間オルトロスが名告っていた名を口にしてニッコリと微笑む少女。
しかしその表情の裏には、二度と村には帰らないぞ、という決意が隠れていた。
「あー、その、何だ。報酬というのは私に呉れるのではなかったのか?」
オルトロスが頬を掻きながらそんな事を言う。
「え?」
「なんというかな、ラパノスが聖女として国に奉仕するのなら、それは私への報酬とは言えんだろう」
「? まあ、、、そうですけれど、、、」
「だからだな。私への報酬として城へ来い」
「?」
キョトンとしているラパノス。
「だからだなぁ! 私の妻になれ、と言っているのだ! みなまで言わすな!!」
顔を真っ赤にしながら、最後は照れ隠しに大声で言ってしまったオルトロス。
当にその言葉が聞きたかったと、
「はい!」
満面の笑みで応えるラパノス。
こうしてオルトロスの旅の目標は全て達成された。
因みに、この大声でのやり取りは開け放たれた扉を通して城中に響き渡っていたので、二人はその後長い間、いろいろな者から事あるごとにからかわれる羽目になるのだった。