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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第七章 ホーフエーベネ奪還
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7-0-4 オルトロスの武者修行4

「領主が直々に? ここの領主は確か、、、ドロドキアになったのだったか?」


オルトロスに村長が応える。


「よくご存知で、先月着任したばかりです」


オルトロスはこのドロドキアという男に直接会ったことはなかったが、話には聞いていた。


この男が違法な重税を課している、との訴えが上がっているという事を、まだ旅に出る前に聞いた覚えがある。


先月ここに着任したという事は、調査の末、違法徴税が確認できてその訴えは通り、ここに転封させられたという事だ。


ここ最近、商人の護衛で稼いでいた事もあり、オルトロスはその話を耳にしていた。


ドロドキアの前の領地は、山間ではなくもっと平野の多い豊かな土地だったはずだ。


それがこの山間の領地に減封されたのだからそれなりの事をやらかしたのだろう。


メタメレイヤ曰く、魔術の腕はまあまあだが、変人、だそうだ。


魔術師には変人が多い。


しかし彼は(すこぶ)る付きだ。


蛇に魅入られている様で、噂では大蛇(サーペント)を飼っているらしい。


餌代が嵩むので重税を課しているだの、罪人をその餌にやっているだの、いろいろな噂が聞こえてくる。


それを聞いた時、いくら大蛇の餌代がかかると言ってもでも、訴えられるほどの重税になる筈はないだろう、とオルトロスは思ったものだ。


「新領主は、、、着任祝の挨拶に行った時に、あからさまに賄賂を求めてきたのです。我々は断ったんですが、隣村は払っていました、、、」


村の入り口に向かいながら、そうオルトロスに話す村長。


「そうか、、、。それは不味い、かもな」


そのオルトロスの予感は的中した。


「領主のドロドキアである! この村の不埒(ふらち)な所業を(ただ)しに来た! 開門せねば抵抗の意があると見做(みな)し、全員捕縛するぞ!」


めちゃくちゃだ。


「これはこれは領主様、この村の不埒な所業とは一体何のことでございましょう?」


小さく門を開け、村長が一人で出る。


オルトロスはその後ろから付いて出た。


ラパノスも出て来ようとしたが、オルトロスはそれを制す。


「隣村より訴えがあったぞ。何でもオーガーを使って隣村を襲わせようとしたとか。目撃者を監禁しているとな」


ドロドキアの後ろに揉み手をしながらニヤニヤしている男がいる。


「あの男が隣村の村長です」


いつの間にか出てきたラパノスが、オルトロスに知らせる。


「おい、出てきてはいけない」


オルトロスはラパノスを門の中に戻そうとするが、向こうでも隣村の村長が、ドロドキアに耳打ちしている。


ドロドキアは何かを吹き込まれたらしく、下卑た笑顔を浮かべた。


「そこな娘御は聖女だとか。(まこと)か?」


「世間ではそう呼ぶものもいますが、これはうちの娘です」


と村長が応える。


「うむ。その聖女を蛇神様の贄として差し出すのなら、今回の件は不問にしてやってもよいぞ」


「はあぁ? お前は、何をいっているのだ?」


オルトロスは素で驚いて言葉遣いを取り繕う事も忘れる。


「貴様! 無礼であろう! 今すぐ首を刎ねてくれる! 前へ出ろ!」


激昂して馬上から怒鳴るドロドキア。


「馬鹿なのか? だいたい何なのだ、隣村の訴えとは。訴えの内容は、まんまそいつらがこの村へやった事であろう」


「な、何を言う! うちの村の者を監禁しておいて太太(ふてぶて)しい!」


隣村の村長が顔を赤くして言い返すが、


「目撃者を監禁と言うがな、監禁されている者からどうやって報告を受けたのだ、あ゛?」


「な、な、な、、、、」


「全て出鱈目なのだから、言い返しようもあるまい」


「っりょ、領主様! 問答無用です! 成敗してください!!」


あっさりと言い負かされて領主に縋る隣村の村長。


大方、多額の賄賂を何度も積んで味方に付けたのだろう。


「まあ、待て。もう一度言おう。聖女を贄に差し出せば不問にしてやるぞ」


「領主様!!」


「お前は黙っておれ!」


隣村の村長はあてが外れたらしい。


ドロドキアは賄賂よりも、聖女を手に入れたくなったようだ。


「贄とは何だ? 蛇神なぞ聞いた事がないぞ?」


「フン。余が調べた結果、この土地の川の氾濫は蛇神様の怒りによるものだ。贄を出せばそれを沈められるぞ。氾濫がなくなれば、村同士の諍いも解決するだろう。郷里の問題が解決するのだ。聖女としてはその身の捧げ甲斐があろう?」


(こいつ、、狂っているな、、、蛇神なんぞをでっち上げ、領民をペットの餌にしようというのか?)


ドロドキアの企みを看破したオルトロスは怒りを隠せない。


「おい、いい加減にせぬか。 蛇神なぞおりもせぬ物をでっち上げるな。どうせお前の愛玩動物(ペット)の蛇に聖女を食わせてみたいだけであろう? 気持ちの(わり)い奴だ。 陛下に申し上げて領地を没収のうえ厳罰に処してもらうからそのつもりでいろ」


「き、き、貴様! 何者だ!?」


ドロドキアは図星を指されて動揺した。


だいたい、何故あの若者は自分の蛇の事を知っているのだ?


しかも陛下に言上するとまで言っている。


「うるさい! さっさと帰って首洗って待っておれ、 このボケが」


思い出して取ってつけたように最後に雑な言葉を足したオルトロスは、村長と聖女を庇うように前へ出た。


「か、構わん! あの男を殺せ!」


ドロドキアは連れてきた兵に命令した。


十名程の兵が剣を抜いて進み出てくる。



【アクセラレイ(加速)ション】



オルトロスの詠唱が響いたかと思うと、兵は皆その場に倒れ臥した。


オルトロスが兵の間を高速移動し、すれ違いざまに手刀や鞘に入ったままの剣で首や顎に打撃を加えたのを目で捉えられた者はいなかった。


オルトロスは最後にドロドキアの前で止まって、腹に柄頭を打ち込む。


「ぐええッ」


ドロドキアは落馬して、のた打っている。


横でオロオロしている隣村の村長の腹にも一発、蹴りを入れて眠らせた。


他の兵が我に返って攻撃体制に入ろうとするが、


「動くなーッ! この馬鹿領主の為に命を無駄にするつもりか!」


とのオルトロスの一喝で、動けなくなった。


おおおお!


門の中から見ていた者たちから歓声が上がる。


「あれ、俺達の護衛だぜ! 強えだろ!」


「なんでお前が自慢してんだよ!」


連れの商人達も鼻を高くしていた。


「オルさん、、、伝説の勇者様みたい、、、」


ラパノスは、ポ〜っとなっている。


皆の湧くその声を甲高い詠唱が切り裂いた。



ウォーターアロー(水の矢)



ドロドキアが這い(つくば)いながらも、杖をかかげて魔法を放つ。


が、オルトロスは余裕を持って避ける。


「ふむ、腐っても貴族だな。ちゃんと魔法は使えるのか」


一応感心しながら、ゆっくりとドロドキアに近づいていくオルトロス。


ドロドキアは、大声で川に向かって叫んだ。


「フィーディ! フィーディ!!」


川の水が持ち上がったかと思うと、大蛇が顔を覗かせる。


本当に大きい。


頭の大きさだけでも、大人の身長を超すだろう。


(うおっ! これの餌代は確かに凄いものになりそうだな)


ドロドキアが連れてきた兵達も恐怖のあまり逃げ出した。


門の向こうで見守っている村人たちからも悲鳴が上がる。


大蛇はゆっくりと川岸に上がると、炎の様な舌をチロチロとしながら、オルトロスに近づいてきた。


「フィーディ! その男を食べてしまえ!」


ドロドキアが大蛇に言う。


「何だ? この蛇、人の言葉が分かるのか?」


「当然だ! フィーディは私が手塩にかけて育てたのだ。人語を理解するくらい何でもない」


誇らしげにドロドキアが言って、


「さあ、フィーディ、この男を食え!」


と、更に(けしか)けた。


大蛇は鎌首を擡げて、オルトロスに狙いを定めると、


シャッ!!


その巨体からは考えられない速さで、攻撃を繰り出した。


ガフッ!!


しかし蛇がその顎門(あぎと)を閉じたところに、オルトロスはいない。


(無詠唱でできたぞ)


この旅の目的、速度重視肉体強化魔法完成には、二つ達成せねばならぬことがある。


それがこの、無詠唱での発動。


この魔法は発動が悟られることが弱点となる。


発動と同時に防御を固められては、超高速で向かっていったこちらも大きな痛手を被る事になるからだ。


敵が気付く前に倒している、というのが理想である。


もう一つは筋力以外の加速の制御。


筋力での動きだけを加速させると大変なことになる。


この魔法を初めて使った時には、あまりの速度に自分でも何がおこったのか理解できず、壁に激突して肩の骨を折ったのは苦い思い出だ。


なので、動体視力や、情報処理も筋力に見合った加速をする必要がある。


それら全てを同率に加速させる事が難しい。


1.5倍から初めて、2倍速、3倍、と上げ、今は何とか、4倍に上げている途中で一瞬5倍にできる程度にまでなった。


長く続ける事も難しい。


使い終わった後、筋繊維がボロボロになって肉離れを起こしてしまう。


筋肉痛程度でおさまる様にしなくてはならない。


速度を上げるほどそれは顕著だ。


だから、発動しっぱなしではなく、瞬間的な使い方をするためにも、無詠唱は必須だ。


その無詠唱での高速移動によって攻撃を避けられてしまったサーペント。


自分の一撃が人族に避けられた事等、今までなかったのだろう。


サーペントは呑み込む様に喉を鳴らす。


しかし何も喉を通らない事を理解するまで時間がかかった。


狩りに失敗したことに気が付いたその時、左に痛みが走る。


いつの間にか、自分の餌になるはずだった人族が左側に立っていて、自分のことを剣で突いていた。


薙ぎ払おうと首を振るが、何かにあたった感触がない。


今度は右に痛みが走る。


(かって)えな!」


結構勢いよく突き刺しているのに、その厚い皮を貫くことが出来なくでオルトロスが苛立ちの声を上げた。


方やサーペントの方は、何がおきているのか理解が出来ない。


消えたかと思うとあらぬ方向から突如現れて自分を突き刺す人族。


今度は押し潰そうと、上から首を叩きつける。


が、やはり地面と自分の首の間で潰れているはずの人族がいない。


そしてまた痛み。


嫌になってきたサーペントは川に帰ろうとする。


もともと好戦的な生き物ではないし、さっき川魚をたらふく食ったので、腹が減っているわけでもない。


わけの分からない痛い思いなどしたくないのだ。


「フィーディ! 帰るな! あの男を殺せ!」


いつも餌を()れる人族が喚いている。


餌を呉れるから言うことを聞いてはいるが、今は何も貰っていないし、痛い思いもしたくない。


無視して帰ろうとすると、自分を何度も突き刺した人族が目の前にいる。


いつの間にここへ移動したのだ?


この人族は何かおかしい。


恐ろしい。


そう思って、どちらに逃げようか迷っているところへ、


「何だお前。飼い慣らされている訳じゃないのか?」


と馴れ馴れしく声をかけてくる。


しかしその声は、サーペントには、いつも餌を呉れる人族の甲高い声より心地よく響いた。


「おい。おれの言葉が分かるか?」


分かる、という事を示すために、首を少し擡げて、上下に一回振ってみた。


「お、本当に分かるのか。意外と可愛いな」


目の前の人族が満足げに笑っている。


よかった、これ以上痛い目にあわずに済みそうだ、とサーペントは思った。


「フィ、フィーディ! そんな奴の言うことを聞くんじゃない! 早く殺せと言っているだろう!」


そう叫ぶドロドキアに、オルトロスが、


「お前、、、蛇神とか言っておきながら、手塩にかけて育てたと口走ったり、名前呼んでしまったり、墓穴を掘り過ぎてやしないか?」


呆れ顔で指摘した。


「う、ウルサイ! フィーディ!!」


「煩いのはお前だ」


その言葉に、サーペントも、その通りだ、と思って、煩い人族を睨む。


「おい、蛇」


"蛇"と呼ばれて振り向くと、


「あいつ、煩いから食ってしまえ」


と、怖い人族が、煩い人族を剣で指して言った。


この怖い人族の声には抗い難い何かがあった。


サーペントは、"がってんしやした!"、とばかりに首を高々と上げて、


シャッ。


パク。


ゴクッ。


村の入り口前広場は、静かになった。

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