7-0-3 オルトロスの武者修行3
「いたぞー!」
少しして、村人達が仔オーガーを抱えて戻ってきた。
「ほんとに小舟の中にいたよ。あんた、すげーな」
「ご丁寧に布をかけて見えないようにしてあったぜ」
「小舟は隣村のものだったぞ」
村人達が口々に捲し立てる。
「隣村のことは後で考えましょ。今は、、、」
ラパノスが仔オーガーを母オーガーに返してやるように言う。
母オーガーはひったくるように我が仔を受け取るが紐で縛られている仔オーガーは身動きが取れない。
オルトロスが剣で戒めを丁寧に解いてやると、オーガー親子は抱き合って再会を喜んだ。
「可愛そうに、、、ひでえもんだな、母子を引き裂くなんて、、、」
村人達は自分たちが石を投付けたのは棚に上げて、抱き合って泣くオーガーに同情した。
「本当にごめんなさいね、、、」
ラパノスは母子が抱き合うその上から腕を回し、癒やしの魔法を二体にかけた。
光がオーガー親子を包み込み、仔オーガーの紐で締められた痕が消えていく。
(本当に、凄いもんだな)
この力を国として囲い込むよう父に進言しよう、と決めたオルトロス。
ラパノスに言われ、村人が保存の利く食べ物を持って来た。
それをオーガーに渡す。
人族から物を貰えるなどとは思ってもいなかったようで、最初は警戒してか、手を出さなかったが、ラパノスの笑顔に遂に受け取った。
そして何度も振り返りながら親子は手を取り合って住処へと帰っていった。
「もし、隣村の謀略なら許せねえな」
見送りながらそう言うオルトロスに、ラパノスが、
「オルさんは本当に不思議ね。"許せねえな"、って乱暴な話し方をするのに、"謀略"、みたいな難しい言葉を使うなんて、、、」
上目遣いに見られると見透かされているような気分になる。
オルトロスは気まずくなって視線を外すと、門の横で不審な動きをしている者がいて、茂みを川伝いに逃げていくのが見えた。
それを指して、
「あれ、、、怪しくねえか? 村の者?」
オルトロスがラパノスに尋ねると、
「いえ、違うと思いますが、、、この距離じゃ、逃げられて、」
ラパノスが言い終わらないうちに、オルトロスの詠唱。
【アクセラレイション】
気が付くとその者に追いついた。
「な、なんだ?」
瞬間移動と見紛うばかりの高速移動に、その場にいた人は度肝を抜かれる。
逃げた男も同じで、驚いている間に、捕まって後ろ手を捻りあげられてしまった。
オルトロスが連れ帰ってきた男を見て、
「あっ! お前は隣村の村長の息子じゃねえか!」
締め上げてみると、やはりオーガーを攫ってきたのは隣村の者で、この村をオーガーに襲わせるつもりだったらしい。
発案者はこの男で、顛末を見届けようと隠れていたという。
これほどすぐに解決されてしまうとは思ってもみなかったようだ。
「もう許せねえ!」
「こんな汚い手まで使いやがって!」
「戦争だ!」
村人は怒り心頭だ。
「確かに今回のやり方は行き過ぎですね」
ラパノスも言う。
「だろう? もう、争いは嫌だとか言ってねえでケリをつけようや!」
村人は気炎を上げるが、
「でももう夜よ。何をするにしても明日にしましょうよ。父にも相談して、、、」
それもそうだと、皆はそれぞれが家に帰っていく。
門をしっかり閉めて、見張りも立て、篝火も焚いた。
捕まえた男は広場の大木に縛り付けておく事になった。
「父にもって?」
オルトロスが訊くと、ラパノスの父は村長だという。
「オルさん、うちに来てくれませんか? 最後まで手伝ってくれるんでしょ?」
オルトロスが付いていくと、ラパノスの両親は玄関前で娘の帰りを待っていた。
ラパノスに、様子を見てくるから家にいろ、と言われはしたが心配でずっとそうしていたらしい。
最近は村長である自分が出ていくより、聖女ラパノスの方が村人は言う事を聞くので任せることが多くなっている、お恥ずかしい、と言いながらも頼もしい娘を誇るように村長は笑っている。
(確かに興奮状態の村人を鎮めるのは聖女様の方が適役だな)
オルトロスもそう思った。
ラパノスは父に成り行きを説明し、オルさんはかなり頼れるから雇うべきだ、ということも伝えた。
「その前に、状況を詳しく教えてくれ」
雇われるにしても判断材料が欲しい。
オルトロスは隣村との諍いの説明を求めた。
話は単純だが、簡単ではなかった。
二つの村の間を通っている川は湾曲しており、向こうの村側に張り出している。
なので洪水が起きると、向こうの村だけが被害を受ける。
しかし普段はこちらの村も川の恩恵に与っている。
それが不公平だ、川の漁業権を渡すか、水害の時の復興費の負担をしろ、と言うのが向こうの主張だ。
水害があるのが分かったうえで住みついているのだろう、それに氾濫時に川の水か運んでくる栄養たっぷりの土のおかげでこっちより作物の実りはよいではないか、なのにこちらにも負担を求めるのはおかしい、というのがこの村の言い分だ。
「まあどちらの言い分もそれなりに理解できるが、筋が通っているのはこっちだな」
そもそも復興費の捻出は税を徴収している領主がするべき事だ。
特定の共同体に負わせるべきではない。
そのようなことを言うと、
「オルさんは、本当に唯の傭兵なのですか?」
その見識を聞いて村長が尋ねた。
(むむ、、、喋りすぎたか?)
と内心焦るが、
「ふん、そんな事子供でも分かるだろう?」
と嘯いてみせた。
村長親子は顔を見合わせて笑うと、
「まあ、そう言うことにしておきましょう」
ニヤリと笑った。
その笑みに、むむっとなりながらも、オルトロスは、
「いい報酬を出すなら働く、と言ったがな、今は商人の護衛をしていて、それをほっぽりだすわけにはいかねえんだ。違約金を払うなりなんなりしなけりゃならねえ」
「それは明日の朝、私が向こう様に直接お話しましょう」
村長がそう言うので、泊まっている宿を教えて今日は別れた。
翌朝、オルトロスが商人等に村の入り口での出来事を話しながら、朝食をとっていると、村長とラパノスがやってきた。
「この子が噂の聖女様だぜ」
とオルトロスが皆に紹介する。
「お、おい! オル! そんな口を利いちゃ失礼だろ!」
商人達は慌てて跪きながら、小声でオルトロスに注意した。
(ん? 聖女って、そう言う扱いなのか?)
昨日のラパノスには偉ぶった所もなかったし、村人も敬意を払いつつも、ひれ伏すほどではなかったので意外に思うオルトロス。
「皆さんやめてください。私は見ての通り唯の子供です。大人が子供に跪いたりしてはだめですよ」
ラパノスが笑いながら皆を立たせる。
そんな思っても見なかった聖女の振る舞いに、
「せ、聖女様、気さくなんだな、、、」
「話に聞いていたのと違うな」
商人達が当惑し恐縮していた。
後でオルトロスが聞いたところによると聖女も色々で、神がかって小さな宗教団体を興した者までいるという事だった。
回復魔法かけて欲しさに皆が持ち上げたり、利権に敏い奴らが祭り上げて、庶民は近寄れなくしてしまったりするのが常だという。
(ううむ。それも可哀想だな。国で管理するのは少し考えたほうがいいか、、、)
オルトロスは、父への進言を考え直すことにした。
「それで、村長さんと聖女様が我々に何の御用で?」
商人頭が訪ねた。
オルを借りたい、必要なら違約金をこちらで払う、という交渉を始めようと思ったその時に、外から声が聞こえた。
「大変だぁ! 領主が兵を引き連れてやってきたぞぉ!」