7-0-1 オルトロスの武者修行1
第七章、幕間、若き日のオルトロスです。
「吟遊詩人のにいちゃんや、陛下の歌、何かできねえのかい?」
場所はケパレーの居酒屋。
酔客がバードに要望をだす。
どこにでもある風景だ。
「これは異な事を、この魔法王国ケパレーに於いて、歌で糊口を凌ぐ者、陛下の英雄譚を吟じ得ぬ事ありましょうや!」
大仰な返しで盛り上げて吟遊詩人は歌い出した。
オルトロスは十六になったその日に旅に出た。
父、ポロスが大賢者イッヒーと連邦設立の闘いを始めたのと同じ年齢だ。
ただしイッヒーはもういない。四年前に他界していた。
代わりに彼の高弟メタメレイアがいたが、この旅には同行してもらえなかった。
「馬鹿を言え。メタメレイアがいなくて誰に難しい事を押し付ける」
というポロスの一言でだ。
(父上、、、それは酷い)
そう思ったが、父の建国の旅より過酷なものになろうはずもないので、オルトロスは気ままな一人旅も楽しそうだ、と気持ちを切り替えた。
この修行の旅の目的は二つ。
肉体強化魔法を完成させること。
見聞を広め、市井の生活を知り、民に寄り添った統治ができるような人物になること。
この二つが達成されるまで帰還はならない、との父からの命令が公に下されている。
オルトロスとしても、この条件を満たさずして王位を継ぐのは不安しかないので、こうして研鑽の機会を与えられるのは望むところである。
それに、この旅には修行の他にもう一つ、個人的な目的があった。
が、それは誰にも言わずにいた。
(ま、そっちはおまけみたいな物だしな)
としつつも、内心、淡い期待を抱いていた。
複雑なお年頃、というやつだ。
その"おまけ"と言いながら実は本命である目的のためにも、一人の方が何かと都合が良い。
身分を隠しての一人旅。
普段は色々と世話を焼いてくれる侍従や小姓はいない。
"市井の常識"を知識として知ってはいても、実際、聞くとやるとでは大違い。
路銀を騙し取られたり、タダ働きをさせられたりで最初は散々な目にあった。
一人旅の身軽さで、宿を取らずに夜の街道を進み追い剥ぎに遭って、大立ち回りを演じたりもした。
半年もすれば慣れてきて、金が無くなっても狩りだの、日雇い労働だの、商人の警護だので何とか路銀を工面して、余った金で酒を呑めるくらいにはなった。
旅に出てからは最初に持たされた物以外、全て自分で稼いでいる事が自信となり、彼の顔付きは半年前と較べて甘さが抜けて精悍なものになっている。
その時も魔獣のいる山を越えなくてはならない、という商人の護衛をしていた。
「兄ちゃん、知ってるかい?」
オルトロスがケパレー国王の息子だとは勿論知る由もない商人が気軽に話しかけてくる。
「何をだ?」
傭兵で、冒険者、という触れ込みのオルトロスは、"オル"と名乗り、その触れ込みに合わせてぞんざいな口のきき方をするようにしていた。
「向かう先に聖女様が現れなさったってよ」
聖女。
宗教的な意味がある場合もあるが、ここケパレーでは、優秀な女性の回復魔法の使い手を聖女と呼ぶ。
簡単な回復魔法なら男女問わず使える者がいるが、ある水準を超えると、とたんに男性の使い手が少なくなる。
女性でも"聖女"と呼ばれるほどの使い手は滅多に出ない。
「へー。それは会ってみたいな」
「まだ十歳を少し出たくらいだそうだぜ」
「それで聖女か。凄いな」
「だろ? まあ、お前さんも若いのに相当強いじゃないか」
オルトロスは既に魔獣から依頼主を何度も守ってその力を示している。
契約した場所まで無事に着ければ、約束の報酬に色を付けると言ってもらえるほど働いた。
歩きながらの暇潰しに、商人達は手に手に、
「だがな、なんだか聖女様の村と隣村が川を挟んで色々あるらしいぜ」
「ああ、俺も聞いたよ。何で揉めてるんだろうな?」
「宿をとるために仕方なく寄るが、面倒には巻き込まれたくねえな」
などと勝手なことを言っていた。
(聖女のいる地での境界争か。素通りできないかもな)
オルトロスは少し興味を持った。
夕刻、村に着く。
山間の村だ。
もう少し西にいけばプースに入るだろう。
予定通り村の宿で部屋をとる。
街道沿いにあるので村の規模にはそぐわない大きな宿が何軒かあり、どこもそれなりに繁盛していた。
オルトロスも部屋で武装を解き寛ごうとしていたその時、村の半鐘が鳴った。
解いてしまった武装を着け直すことも出来ず、剣だけを持って階下に下り、帳場にいた支配人に、
「なんだ? 火事か?」
と尋ねると、支配人は、
「いえ、あの鳴らし方は敵襲です。糞! また隣村の奴らか?!」
そう応えながら帳場から出てきた。
オルトロスと同行している商人達も含めた泊まり客等も部屋から出てくるが、支配人は、
「皆さんは外に出ないでください! 危険です!」
とだけ言うと出ていってしまった。
「オル、、、」
商人達が不安そうにしている。
「様子を見てくる。みんなは言われたとおり出ないほうがいい」
「、、ま、任せた、気を付けてな」
おう、と応えオルトロスが外に出ると、村の者たちが手に手に武器をとって集まっていた。
その中の一人が皆にこう報告する。
「鬼族が襲ってきたらしいぞ、、、」
皆、顔面蒼白になった。