1-16 継承
『皆、お待たせ。じゃあ、継承を済ませてしまおう。これを最後に、僕はこの世界から本当に居なくなっちゃうんだけれど、皆元気でね』
固唾を飲んで見守っている四人に向き直ると、イッヒーはそう声をかけた。
「せ、先生、、、」
『情けない顔をしなさるな、オルトロス。形あるものは必ず滅するって教えたでしょ? 後は大田くん、いや、ターロに任せたから。彼は僕のミドルネームをもらってくれるって。ターロ・ルオー・ホーフエーベネ、それが彼のこれからの名前だよ。後、言い忘れたけれど、、、』
と言って大田を見る。
『机の鍵のかかった抽斗の中に、僕の雑記帳がある。日本語で書いてあって、君にしか読めないから持っていっていいよ。きっと役に立つと思う。いろんな考察やら何やらが書いてあるんだ。さっきの天使の話とかも書いてあるから読んでみてよ。じゃあ、儀式を終える前に、、、』
皆を見渡して莞爾として笑うと、
『オルトロス。君はどこへ出しても恥ずかしくない僕の生徒だ。僕が君のお父さんとそうした様に、ターロ君と協力してこれから来るであろう困難を乗り越えてね』
「先生、、、。はい。必ずそういたします」
子供の様に泣きながら応えるオルトロス。
『ロエー、メトドを立派なシャーマンに育て上げたんだね。おつかれちゃん。メトド君、今の君を見ておじいちゃん安心したよ。 それと、里のみんなにも伝えて欲しい。この方丈を守り続けてくれて有難う。君たちを縛り付けてしまった事を心苦しく思う。許してほしい』
「そんな! 勿体無い。儂らは皆、名誉にこそ思えど、縛り付けられているなど、これっぽっちも思っておりませぬ!」
そのロエーの言葉にメトドも強く頷いている。
『そう言ってくれると、助かるよ。もう継承の魔法陣はなくなっちゃうけど、貴重な魔導書とかあるから、引き続き守ってくれると嬉しい』
「はい! きっと!」
『そんなに気張らないでよ。命のほうが大切だからさ、帝国が攻めてきたりしたら、貴重な魔導書だけ持って逃げちゃっていいから。ホントに無理して守ったりしないでよ』
「は、はあ、、、」
方丈を破棄する事に納得がいっていないような二人を見て、
『いや、ほんとにほんとに、いいからね。ここにはもう魔法陣無いんだからさ。いや、あったとしても命を懸けるようなものじゃないからね、、、』
そう念を押したイッヒーは困ったように笑いつつ、今度はリトスに目を向ける。
『リトス王女』
「はい!」
緊張するリトス。
まさか自分にも言葉があるとは思っていなかった。
『君の父上様は、猪突猛進なところがあるからさ。王様なのに最前線で戦っちゃうとか、平気でやっちゃう人だから。上手く止めてね。まあ、かわいい娘の言うこと聞かない父親なんていないからさ』
「はい! お任せください!」
満面の笑顔で答える王女、しかし、
(((( いや、娘のほうが猪突猛進なんだけれど、、、 ))))
その場にいる皆はそう思う。
大賢者とはいえども全てを見通せるわけではないようだ、、、。
『それじゃあ、ホントにサヨナラだ。みんな、いつか上方世界でまた会おう』
そう言ってイッヒーは大田の額に手を伸ばした。
その瞬間イッヒーは光り輝き、粒子となって大田の眉間へと吸い込まれていき、
消えた。
ガクッ、とよろける大田にリトスが、駆け寄る。
「お兄様! 大丈夫ですか?」
「ああ、有難う。 ラインの魂力のおかげで耐えられたよ」
そして目をつぶる。
「嗚呼、、、これが、、、”温故知新”」
大田、いや、ターロがつぶやく。
今、ターロの瞼の裏には壮大な景色が広がっていた。
幾千の本が、ぎっしりと詰まった本棚に囲まれている。
その一冊一冊に目を向けると、中に何が書かれているのか目次の様な情報が頭に流れ込んでくる。
こんな物無いのかな? と、思うだけで、本棚の位置が入れ替わり、希望の本が目の前に現れる。
そこは理想の図書館だった。
驚くことに、前世の本もある。
ラーマーヤナやエッダに古事記。
万葉集から李白・杜甫やイェーツの詩集。
源氏物語に太平記、ベーオウルフにホメロス・ダンテ・シェイクスピア・ゲーテにドストエフスキーと全世界、全時代の文学の数々。
楽譜もグレゴリアンチャントやバッハから、ペルトまで、何でも揃っている。
(死ぬまでに、全部に目を通すのは、、、、無理かな、、、)
確かにこれを頭に焼き付けられたら、死ぬだろう、と顔を引きつらせながらターロは皆に声をかけた。
「皆さん。大賢者の魂をたしかに受け取りました。戻りましょう」
ターロに促され、皆、無言の侭階段を登った。
上の部屋に戻ると、皆をテーブルに誘い、最後にターロが座る。
ターロはしばらく虚空を見つめていたが、ややあって、
「お、これなんかどうだ」
とつぶやき、目を閉じて集中。
少しして、奥の部屋からカチャカチャ音がしたかと思うと、ゴーレムがお茶の用意をして出てきた。
「大賢者から引き継いだ魔法ですよ。早速使ってみました。便利ですね」
ターロが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「初めて使う魔法で、こんな繊細なゴーレムの制御ができるものかね?」
驚く四人にお茶を給仕して回るゴーレム。
”温故知新”と”聞一以知十”が組み合わさった結果なのだろう。
「さて、お茶でも飲みながら、この先のことをご相談したいのですが、、、」
そう言ってターロはカップを持ち上げ、淹れたての茶の香りを嗅ぐのだった。