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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第六章 盟主国 ”ケパレー”
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6-27 過去との訣別

「ターロ様」


寝所に案内されてからも寝付けないターロは、露台(バルコニー)に出て月を見ていた。


隣の部屋をあてがわれたメトドも、その気配に気付き出てきた。


露台(バルコニー)は続きになっている。


「メトドさん、、、」


「どうしました? 珍しく寝付けないのですか?」


「うん。ラインが消えて体と魂がより統合されたっていうか、、、なんか今までと違う感じになってさ、、、」


続きの言葉をメトドは無言で待つ。


メトドのこういったところが、ターロには心地よい。


「よりしっくりしているから、いい事なんだろうけれど、、、この体はライン王子のものじゃない? そこにもともとあったライン王子の魂、異世界の大田太郎という人間、あとは一部だけれどフォルスっていう狼の様な生き物と、イッヒーさんの物、これだけが詰まっているわけでさ、、、言ってみれば定員超過(オーバー)状態なんだよね、、、」


メトドは相変わらず黙って頷きながら聞いている。


「でさ、その皺寄せなのかは分からないんだけれどさ、大田太郎、人格の中心にいると思ってるんだけれど、、、その人物のさ、前世の境遇に関する記憶がすっぽり抜けちゃってるんだよね、、、。前の世界での、親だとか、友人、恋人、、、みんな思い出せない、、、。本当に大田太郎が存在していたのかすら疑わしいくらい思い出せないんだ、、、。ああ〜、でも飼ってた犬は思い出せるなあ、、、何でだろ? ドーラのせいか?」


笑っているターロ。


しかし、その告白の内容が笑えないものである事は、メトドには十分すぎるほど分かった。


自己同一性(アイデンティティ)の問題なのだ。


自分の存在とは何か、という問をターロは今、突きつけられている。


メトドには想像もつかないほど苦しい状態に置かれているはずだが、目の前の心の師匠はいつものように笑っている。


「不思議なことに境遇以外のこと、要するに学んで得た知識はしっかり覚えているんだよね、、、。まあ、俺が誰だったか、なんて、今の俺が誰か、と比べれば大した問題じゃないか」


と勝手に自己完結してしまった。


「以前の自分が誰かより、、、今の自分が誰か、、、」


メトドがターロの言葉を繰り返す。


「そうだよ。どうせみんな自分が誰かなんて、突き詰めて考えていけば分からなくなっちゃうんだからさ、前世の記憶なんて自分を決定づけるのに必要な物じゃないしね、って言うか普通なら死んじゃったらさ、前世の記憶なんて綺麗さっぱりなくなるんだから、知識を覚えてるだけかなり儲けもんなんだよね」


「む、難しすぎて私にはよく分かりません、、、」


「そう? まあ、単なる思考遊戯みたいなもんだから、どうでもいいよ。忘れて。それよりさ、、、」


ターロが指先に魔力を込める。


「体と魂の統合がより完全に近づいたからか、魔力制御が前よりやりやすくなったっぽい」


と言いながら空中に魔法陣を描いていく。


ターロがなぞったところに光の線が残り、魔法陣が空中に構成された。


「杖無しで、、、空中魔法陣鏤刻(ろうこく)、、、」


メトドが思わず唸る。


それほどの技術だ。


おそらくメタメレイアも杖なしでは無理だろう。


「出来た〜」


ターロの声とともに完成した魔法陣が回転を始める。


中点での回転に加え、直径を軸にしても回り始めその軸も次第に動き出す。


魔法陣は光る球体となり、そのままフワリと上へと漂っていったかと思うと、弾けた。


細かい欠片が月明かりを浴びてキラキラと舞う。


その欠片一つ一つに、闇の精霊と月明かりの精霊が顕現した。


それぞれ相手を見つけ、向かい合って恭しくお辞儀をする。


そしてターロの吹き始めた鼻笛に合わせて円舞(ワルツ)を踊り始めた。



ショパン ワルツ イ短調 19番 《遺作》



単純ながらも物悲しく美しい旋律が、月夜を満たしてゆく。


ゆったりと踊る闇と月光の精霊。


ターロはライン王子の自我と大田太郎の記憶への葬歌のつもりで、この曲を選び、精霊達に華を添えてもらった。


もう自分が誰だったのか、と考え過去にとらわれることなどなく、ターロ・ルオー・ホーフエーべネとして生きていく決意の曲でもあった。


「、、、なんと美しい、、、」


笛の()の余韻だけが残る夜の静寂(しじま)に、メトドが感嘆の声を洩らす。


「この場にいられなかったことを、アウロが悔しがるでしょうね」


そう言ったメトドに、


「確かに」


ターロは、悪戯っぽく笑って応えるのだった。

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